・・・ 出掛ける気にもならず、仕たい事は手につかず、気は揉める。「どうしようかなあ。 馬鹿らしい独言を云って机の上に散らばった原稿紙や古ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末をつけて呉れたらよかろうと思う。 未・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・この二つの悩みのどっちをとってみても、きょうの若い女性がどんなにゆたかな進歩した人生を欲しているかという事実と、反対に、日本の社会の現実はまだなかなか若々しくどこまでも伸びようとする女性のねがいの枝を撓める状態におかれているという現実を語っ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・然し、本当に五月蠅い気の揉める婆じゃないか」 彼は、さっきれんが一年にたった一度のクリスマスと云った口調を、その節まで思い出してむっとした。「僕やお前が若いと思ってちび扱いにするんだ。代りなんかいくらでもあるよ。――僕だって先刻まで・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 私は誰か出て来て、なおしてあげる人はないのかと私の気が揉める。 白い羽根を一本一寸気軽にビロードの帽子にさした若者が、愛嬌のいい顔をして小器用になおしてあげる。 どっかハムレットに似て居る。 オフィリアは居ないかしらん、・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・バスケットや小鞄、風呂敷づつみを下げ、汗にまびれ、気の揉める心配そうな顔で改札口の方へ首をのばしている群集の中に、何割もうそれぎり国へかえってしまおうとしている少年少女たちがまじっていただろう。 故郷はそのようにして帰った息子や娘をどん・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
・・・金を溜めるようなしみったれは江戸子じゃあねえ。」 こういう話になると、独り博士の友達が喜んで聞くばかりではない。女中達も面白がって聞く。児髷の子供も、何か分からないなりに、その爽快な音吐に耳を傾けるのである。 胡麻塩頭を五分刈にして・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫