・・・ 瞬く間に水、焼酎、まだ何やらが口中へ注入れられたようであったが、それぎりでまた空。 担架は調子好く揺れて行く。それがまた寝せ付られるようで快い。今眼が覚めたかと思うと、また生体を失う。繃帯をしてから傷の痛も止んで、何とも云えぬ愉快・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・同氏のほかの短歌や詩は、恋だとか、何だとかをヒネくって、技巧を弄し、吾々は一体虫が好かんものである。吾々には、ひとつもふれてきない。が、「君死にたまふことなかれ」という詩だけは、七五調の古い新体詩の形に束縛されつゝもさすがに肉親に関係するこ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 脚や内臓をやられて歩けない者は、あとから担架で運ばれてきた。「あら、君もやられたんか。」大西は、意外げに、皮肉に笑った。「わざと、ちょっぴり怪我をしたんじゃないか?」「…………。」 腕を頸に吊らくった相手は腹立たしげに顔を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そして、売り借んだ。単価がせり上った。 僕は、傍でだまってきいていて、朴訥な癖に、親爺が掛引がうまいのに感心した。坪二円九十銭なら、のどから手が出そうだのに、親爺はまるッきり、そんな素振りはちっとも現わさないのだ。 とうとう、三円五・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・彼等が担架に乗せるとて血でぬる/\している両脇に手をやると、折れた骨がギク/\鳴った。「まだ生きとる。」 監督は念を押して、繰かえした。 三ツの屍は担架に移された。それから竪坑にまでかついで行かれ、一ツ/\ケージで、上に運びあげ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 彼はまた短歌や俳諧を論じて「フレーセオロジーに置き換えられた象形文字」であると言い、二三の俳句の作例を引いてその構成がモンタージュ構成であると言っている。 私はかつて「思想」や「渋柿」誌上で俳諧連句の構成が映画のモンタージュ的構成・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そうして日本の俳諧や短歌の中にモンタージュ芸術の多分な要素の含まれていることを強調しているそうである。 エイゼンシュテインがいかなる程度にわが国の俳諧を理解してこう言っているかはわかりかねるが、日本人の目から見ても最もすぐれたモンタージ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
御手紙を難有う。『立像』の新短歌について何か思ったことを書けとの御沙汰でしたから手近にあった第三号をあけてはじめから歌だけ拾って読んで行きました。読んでいるうちにふと昨夜見た夢を想い出したのです。 見知らぬ広い屋敷の庭・・・ 寺田寅彦 「御返事(石原純君へ)」
・・・同様に例えば日本の短歌の詩形が日本で始めて発生したものと速断するのも所由のないことであろうと思う。 五七五七七という音数律そのままのものは勿論現在では日本特有のものであろうが、この詩形の遠い先祖となるべきものが必ず何処かにあったであろう・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・ こういう点で何よりも最も代表的なものは短歌と俳句であろう。この二つの短詩形の中に盛られたものは、多くの場合において、日本の自然と日本人との包含によって生じた全機的有機体日本が最も雄弁にそれ自身を物語る声のレコードとして見ることのできる・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫