・・・「下手に未練もたんと別れた方が身のためやぜ」などとそれが親の言う言葉かと、蝶子は興奮の余り口喧嘩までし、その足で新世界の八卦見のところへ行った。「あんたが男はんのためにつくすその心が仇になる。大体この星の人は……」年を聞いて丙午だと知ると、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ たんとそんなことをおっしゃいまし。綱雄さんが来たらば言っつけて上げるからいい。ほんとに憎らしい父様だよ。と光代はいよいよむつかる。いやはや御機嫌を損ねてしもうた。と傍の空気枕を引き寄せて、善平は身を横にしながら、そうしたところを綱雄に・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・東坡巾先生は味噌は携えていなくって、君がたんと持って来たろうと思っていたといって自分に出させた。果して自分が他に比すれば馬鹿に大きな板を二枚持っていたので、人々に哄笑された。自分も一顆の球を取って人々の為すがごとくにした。球は野蒜であった。・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・コウ、もう煮奴も悪くねえ時候だ、刷毛ついでに豆腐でもたんと買え、田圃の朝というつもりで堪忍をしておいてやらあ。ナンデエ、そんな面あすることはねえ、女ッ振が下がらあな。「おふざけでないよ、寝ているかとおもえば眼が覚めていて、出しぬけに床ん・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・と言いながら、肉屋は、すとんと馬車使を引きずりおろしてつきはなし、馬の口をもって、むりやりに店先の方へまわすはずみに、馬は足をすべらして、ばたんとたおれかけました。「何だ何だ。」「どうしたんだ。」と、町中のものや通行人たちがどやどや・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・「こんどこそ、飲まないからね」「なにさ」娘は、無心に笑っていた。「かんにんして、ね」「だめよ、お酒飲みの真似なんかして」 男の酔いは一時にさめた。「ありがとう。もう飲まない」「たんと、たんと、からかいなさい」「お・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・と、私は自分ながら、あまり、筋の通ったこととも思えないような罵言をわめき散らして、あの人をむりやり、扉の外へ押し出し、ばたんと扉をしめて錠をおろした。 粗末な夕食の支度にとりかかりながら、私はしきりに味気なかった。男というものの、のほほ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・もったいぶって、ぽたんと落ちるのもあるし、せっかちに、痩せたまま落ちるのもあるし、気取って、ぴちゃんと高い音たてて落ちるのもあるし、つまらなそうに、ふわっと風まかせに落ちるのもあるし、――」 Kも、私も、くたくたに疲れていた。その日・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・いつかは私は追い出すつもりでいたのでしょうし、とても永くは居られない家なのだから、きょうを限り、またひとり者の放浪の生活だと覚悟して、橋の欄干によりかかったら、急にどっと涙が出て来て、その涙がぽたんぽたんと川の面に落ち、月影を浮べてゆっくり・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・自動車呼びとめて、それに乗ってドアをばたんと閉じ、一目散に逃げ去りたい気持なのである。犬同士の組打ちで終るべきものなら、まだしも、もし敵の犬が血迷って、ポチの主人の私に飛びかかってくるようなことがあったら、どうする。ないとは言わせぬ。血に飢・・・ 太宰治 「畜犬談」
出典:青空文庫