・・・ 蕪村の句は行く春や選者を恨む歌の主命婦より牡丹餅たばす彼岸かな短夜や同心衆の川手水少年の矢数問ひよる念者ぶり水の粉やあるじかしこき後家の君虫干や甥の僧訪ふ東大寺祇園会や僧の訪ひよる梶がもと味噌汁をく・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ その次の日だ、「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」 オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けて・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・音楽を専門にやっているぼくらがあの金沓鍛冶だの砂糖屋の丁稚なんかの寄り集りに負けてしまったらいったいわれわれの面目はどうなるんだ。おいゴーシュ君。君には困るんだがなあ。表情ということがまるでできてない。怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・この剪定鋏はひどく捩れておりますから鍛冶に一ぺんおかけなさらないと直りません。こちらのほうはみんな出来ます。はじめにお値段を決めておいてよろしかったらお研ぎいたしましょう。」「そうですか。どれだけですか。」「こちらが八銭、こちらが十・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・その息は鍛冶場のふいごのよう、そしてあんまり熱くて吐いても吐いても吐き切れないのでした。 その時向うの丘の上を一疋のとりがお日さまの光をさえぎって飛んで行きました。そして一寸からだをひるがえしましたのではねうらが桃色にひらめいて或いはほ・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・そこで、ジャーナリズムの目的は達せられたので、岩藤雪夫の小説「鍛冶場」が、どんなひどい階級的裏切りを示しているか、ダラ幹小説であるかを、細かく批判しないでも一応適用したらしい形である。 大体いって、いわゆる専門外の人の作品批評はナカナカ・・・ 宮本百合子 「こういう月評が欲しい」
・・・案内の若い、労働通信員をしている技師と工場内の花の咲いたひろい通路を歩いていたら、こっちでは電熱炉で鉄を溶かしている鍛冶部の向い側のどこかで、嬉しそうなピアノの音がしはじめた。「セルマシストロイ」は巨大工場で未完成だ。各部がまだクラブを・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ 親切な眼をもったレーニングラード・ソヴェト文化部員ムイロフは革命のとき鍛冶屋だった。一九一三年からの党員だ。はじめて会った時、ムイロフは、大きい手へ逆にもった鉛筆をけずりながらあんたの職業はなんだと日本女に訊いた。「私は作家だ」「ふー・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・十二名の被告のなかで、彼ひとりが、自由法曹団外の鍛冶、栗林、丁野の三弁護人を選任して出廷したのであった。偽証罪として起訴された石川、金の二人の被告を加えた十一名と、自由法曹団の弁護人たちが、七十歳の布施辰治を先頭として、はげしく検事の取調べ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 翌日も雨が降っている。鍛冶町に借家があるというのを見に行く。砂地であるのに、道普請に石灰屑を使うので、薄墨色の水が町を流れている。 借家は町の南側になっている。生垣で囲んだ、相応な屋敷である。庭には石灰屑を敷かないので、綺麗な砂が・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫