・・・ 彼は、彼の転換した方面へ会話が進行した結果、変心した故朋輩の代価で、彼等の忠義が益褒めそやされていると云う、新しい事実を発見した。そうして、それと共に、彼の胸底を吹いていた春風は、再び幾分の温もりを減却した。勿論彼が背盟の徒のために惜・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・その日私は学校に居りますと、突然旧友の一人が訪ねて参りましたので、幸い午後からは授業の時間もございませんから、一しょに学校を出て、駿河台下のあるカッフェへ飯を食いに参りました。駿河台下には、御承知の通りあの四つ辻の近くに、大時計が一つござい・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・雑穀屋からは、燕麦が売れた時事務所から直接に代価を支払うようにするからといって、麦や大豆の前借りをした。そして馬力を頼んでそれを自分の小屋に運ばして置いて、賭場に出かけた。 競馬の日の晩に村では一大事が起った。その晩おそくまで笠井の娘は・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それならば、山道三里半、車夫などにお尋ねになりますれば、五里半、六里などと申しますが、それは丁場の代価で、本当に訳はないのでござりまする。」「ふむ、三里半だな可し。そして何かい柏屋と云う温泉宿は在るかね。」「柏屋! ええもう小川で一・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・しかし私には無代価で送ってもらっているということが、わざ/\ハガキを本社に出して転居を報ずるのを差し控えさせた。何となればそうするのがあまり厚顔しいように感じられたからであった。たゞ私はどうかしてこのことだけを配達夫に知らせたいと思った。・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・の生活地を北海道と決めていまして、相談も漸く熟したので僕は一先故郷に帰り、親族に托してあった山林田畑を悉く売り飛ばし、その資金で新開墾地を北海道に作ろうと、十日間位の積で国に帰ったのが、親族の故障やら代価の不折合やらで思わず二十日もかかりま・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・敷地の買上、その代価の交渉、受負師との掛引、割当てた寄附金の取立、現金の始末まで自分に為せられるので、自然と算盤が机の上に置れ通し。持前の性分、間に合わして置くことが出来ず、朝から寝るまで心配の絶えないところへ、母と妹とが堕落の件。殊に又ぞ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・それはボスニア産のプリュウン二千俵を買って、それを仲買に四分の一の代価で売り払った時の事である。これ程の大損をさせるプリュウンというものを、好くも見ずに置くのは遺憾だと云って、時計の鎖に下げたのである。またある時はどこかの二等線路を一手に引・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ ともかくも代価の五拾銭を払おうとすると、どうしても主人が受取ろう云わない。困り入ってどうしたものかと考えながらその解釈を捜すような心持で棚の上を見ると、そこに一つの白釉のかかった、少し大きい花瓶が目についた。これも粗末ではあるが、鼠色・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・細かく言えば高価なフィルムの代価やセットの値段はもちろん、ロケーションの汽車賃弁当代から荷車の代までも予算されなければならないのである。これを、詩人が一本の万年筆と一束の紙片から傑作を作りあげ、画家が絵の具とカンバスで神品を生み出すのと比べ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫