・・・ 後継ぎになる筈の一彰さんという人は、大兵な男であったが、十六のとき、脚気を患った後の養生に祖母はその息子を一人で熱海の湯治にやった。そこでお酌なんかにとりまかれて、それがその人の一生の踏み出しを取り誤らせることになり、廃嫡となった。大・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ すると、俥夫達の背後に立ち、頻りにYを観察していた大兵の青帽をかぶった詰襟の案内人が、「上海へおいでですか」と訊ねた。我々は苦笑した。長崎というと、私共は古風な港町を想像し、古びながら活溌に整った市街の玄関を控えていると思って・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・十太夫は大兵の臆病者で、阿部が屋敷の外をうろついていて、引上げの前に小屋に火をかけたとき、やっとおずおずはいったのである。最初討手を仰せつけられたときに、お次へ出るところを劍術者新免武蔵が見て、「冥加至極のことじゃ、ずいぶんお手柄をなされい・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・その新教神学を現に代表している学者はハルナックである。そう云う意味のある地位に置かれたハルナックが、少しでも政治の都合の好いように、神学上の意見を曲げているかと云うに、そんな事はしていない。君主もそんな事をさせようとはしていない。そこにドイ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・甲斐の武田勝頼が甘利四郎三郎を城番に籠めた遠江国榛原郡小山の城で、月見の宴が催されている。大兵肥満の甘利は大盃を続けざまに干して、若侍どもにさまざまの芸をさせている。「三河の水の勢いも小山が堰けばつい折れる。凄じいのは音ばかり」・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・能楽が今でも日本文化の一つの代表的な産物として世界に提供し得られるものであるとすれば、その内の少なからぬ部分の創作者である世阿弥は、世界的な作家として認められなくてはなるまい。のみならず世阿弥は、能楽に関する理論においても、実に優秀な数々の・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫