・・・允子が自分の姙娠を知って正式の結婚を求めるが公荘は、允子には話さなかった病妻が在り、堕胎をせまる。允子はそれを強く拒絶する。「国法を犯すことがこわいというより、胎内に芽んだものを枯らしてしまうことが恐しいのだ。」「どうにか育てられるものなら・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・小才覚があるので、若殿様時代のお伽には相応していたが、物の大体を見ることにおいてはおよばぬところがあって、とかく苛察に傾きたがる男であった。阿部弥一右衛門は故殿様のお許しを得ずに死んだのだから、真の殉死者と弥一右衛門との間には境界をつけなく・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・しかし大体の観察としては誤らないと思う。洋画家が日本画家のような大きな画題を捕えないのは、一つには目前に在るものの美しさに徹するということが、十分彼らの心情を充たすに足る大事業であるためであり、二つには目前の自然をさえ十分にコナし得ないもの・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫