・・・ その後からは、彼の生まれた家の後にある、だだっ広い胡麻畑が、辷るように流れて来た。さびしい花が日の暮を待つように咲いている、真夏の胡麻畑である。何小二はその胡麻の中に立っている、自分や兄弟たちの姿を探して見た。が、そこに人らしいものの・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・店は熔炉の火口を開いたように明るくて、馬鹿馬鹿しくだだっ広い北海道の七間道路が向側まではっきりと照らされていた。片側町ではあるけれども、とにかく家並があるだけに、強て方向を変えさせられた風の脚が意趣に砂を捲き上げた。砂は蹄鉄屋の前の火の光に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 座敷は二階で、だだっ広い、人気の少ないさみしい家で、夕餉もさびしゅうございました。 若狭鰈――大すきですが、それが附木のように凍っています――白子魚乾、切干大根の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐く・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・帰るたびに入りつけた料理屋へついて、だだっ広い石畳の入口から、庭の飛石を伝っていくと、そこに時代のついた庭に向いて、古びた部屋があった。道太は路次の前に立って、寂のついた庭を眺めていた。この町でも別にいいというほどの庭ではなかったけれど、乾・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・此だだっ広い押しつぶしたような室は、いぶったランプのホヤのようだった。「いつ頃から君はここで、こんな風にしているの」私は努めて、平然としようと骨折りながら訊いた。彼女は今私が足下の方に踞ったので、私の方を見ることを止めて上の方に眼を向け・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫