・・・「だれから、きたのでしょうね。」と、お母さまはいって、差出人の名まえをごらんなさったが、急に、晴れやかな、大きな声で、「のぶ子や、お姉さんからなのだよ。」といわれました。 そのとき、のぶ子は、お人形の着物をきかえさせて、遊んでい・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・少しよだれが落ちた。「なにが迷信や。迷信や思う方がどだい無智や。ちゃんと実例が証明してるやないか」 そして私の方に向って、「なあ、そうでっしゃろ。違いまっか。どない思いはります?」 気がつくと、前歯が一枚抜けているせいか、早・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・あの時分は、だれもみんなやたらに乱読したものです。 国木田独歩 「あの時分」
・・・それは、だれによこされたのか? そういうことは、勿論、雲の上にかくれて彼等、には分らなかった。 われわれは、シベリアへ来たくなかったのだ。むりやりに来させられたのだ。――それすら、彼等は、今、殆んど忘れかけていた。 彼等の思っている・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そんなに背延びしてはずるいと言い出すものがありもっと頭を平らにしてなどと言うものがあって、家じゅうのものがみんなで大騒ぎしながら、だれが何分延びたというしるしを鉛筆で柱の上に記しつけて置いた。だれの戯れから始まったともなく、もう幾つとなく細・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ けれども、そんなふうに家がひどく貧乏だものですから、人がいやがって、だれもその子の名附親になってくれるものがありませんでした。 夫婦はどうしたらいいかと、こまっていました。すると、或朝、一人のよぼよぼの乞食のじいさんが、ものをもら・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ とおかあさんは言いながらひときわあわれにうなだれました。昔は有り余った財産も今はなけなしになっているのです。 でも子どもが情けなさそうな顔つきになると、おかあさんはその子をひざに抱き上げました。「さあ私の頸をお抱き」 子ど・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・なんだか、よだれ掛けのようにも見えます。でも、少年は悲しく緊張して、その風俗が、そっくり貴公子のように見えるだろうと思っていたのです。久留米絣に、白っぽい縞の、短い袴をはいて、それから長い靴下、編上のピカピカ光る黒い靴。それからマント。父は・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・次には念のためにいろいろの人の話を聞いてみても、人によってかなり言う事がちがっていて、だれのオーソリティを信じていいかわからなくなってしまう。それでさんざんに調べた最後には、つまりいいかげんに、賽でも投げると同じような偶然な機縁によって目的・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・はじめのうちは、往来のあとさきを見廻して、だれもいないのを見とどけてから、こんにゃはァ、と小さい声で、そッと呟やいたものだった。しかしだれもいないところでふれたって売れる道理はないのだから、やっぱりみんなの見ているところで怒鳴れるように修業・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫