・・・ところがさらに意外な事には、祥光院の檀家たる恩地小左衛門のかかり人が、月に二度の命日には必ず回向に来ると云う答があった。「今日も早くに見えました。」――所化は何も気がつかないように、こんな事までもつけ加えた。喜三郎は寺の門を出ながら、加納親・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・何でも一度なぞは勇之助が、風か何か引いていた時、折悪く河岸の西辰と云う大檀家の法事があったそうですが、日錚和尚は法衣の胸に、熱の高い子供を抱いたまま、水晶の念珠を片手にかけて、いつもの通り平然と、読経をすませたとか云う事でした。「しかし・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ 同じ様に、越前国丹生郡天津村の風巻という処に善照寺という寺があって此処へある時村のものが、貉を生取って来て殺したそうだが、丁度その日から、寺の諸所へ、火が燃え上るので、住職も非常に困って檀家を狩集めて見張となると、見ている前で、障子が・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・…… 三 西明寺――もとこの寺は、松平氏が旧領石州から奉搬の伝来で、土地の町村に檀家がない。従って盆暮のつけ届け、早い話がおとむらい一つない。如法の貧地で、堂も庫裡も荒れ放題。いずれ旧藩中ばかりの石碑だが、苔を剥・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・……いいえ、お上人よりか、檀家の有志、県の観光会の表向きの仕事なんです。お寺は地所を貸すんです。」「葬った土とは別なんだね。」「ええ、それで、糸塚、糸巻塚、どっちにしようかっていってるところ。」「どっちにしろ、友禅のに対するなん・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・泣きの涙で手渡してやると、「ダンケ」と言って帰って行く。 さらに一人、実に奇妙な友人がいた。有原修作。三十歳を少し越えていた。新進作家だという事である。あまり聞かない名前であるが、とにかく、新進作家だそうである。勝治は、この有原を「先生・・・ 太宰治 「花火」
・・・金田町の鉄道線路に近い処に、長い間廃寺のようになっていた寧国寺という寺がある。檀家であった元小倉藩の士族が大方豊津へ遷ってしまったので、廃寺のようになったのであった。辻堂を大きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞反古を張って、この坊さんが近・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫