・・・動かないように、椅子に螺釘留にしてある、金属のの上に、ちくちくと閃く、青い焔が見えて、の縁の所から細い筋の烟が立ち升って、肉の焦げる、なんとも言えない、恐ろしい臭が、広間一ぱいにひろがるようである。 フレンチが正気附いたのは、誰やらが袖・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 秋も深くなって、日脚は短くなりました。かれこれするうちに、はや、晩方となりますので、あちらで、豆腐屋のらっぱの音がきこえると、お母さんの心は、ますますせいたのでありました。 ちくちくと、縫っていられますうちに、糸が短くなって糸の先・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ついでに、良心の方もちくちく痛んだ。あの娘は姙娠しよるやろか、せんやろかと終日思い悩み、金助が訪ねてこないだろうかと怖れた。「教育上の大問題」そんな見出しの新聞記事を想像するに及んで、苦悩は極まった。 いろいろ思い案じたあげく、今のうち・・・ 織田作之助 「雨」
・・・五十銭の金にもちくちく胸の痛む気がしたが、柳吉にだけは、小遣いをせびられると気前よく渡した。柳吉は毎日がいかにも面白くないようで、殊にこっそり梅田新道へ出掛けたらしい日は帰ってからのふさぎ方が目立ったので、蝶子は何かと気を使った。父の勘気が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・私はすでに六本の徳利をからにしたことを、ちくちく悔いはじめたのである。もっともっと酔いたかった。こよいの歓喜をさらにさらに誇張してみたかったのである。あと四本しか呑めぬ。それでは足りない。足りないのだ。盗もう。このウイスキイを盗もう。女給た・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 彼女がその屋台を出て、電車の停留場へ行く途中、しなびかかった悪い花を三人のひとに手渡したことをちくちく後悔しだした。突然、道ばたにしゃがみ込んだ。胸に十字を切って、わけの判らぬ言葉でもって烈しいお祈りをはじめたのである。 おし・・・ 太宰治 「葉」
・・・露はちくちくっとおしまいの青光をあげ碧玉の葉の底に沈んで行きました。 うめばちそうはブリリンと起きあがってもう一ぺんサッサッと光りました。金剛石の強い光の粉がまだはなびらに残ってでもいたのでしょうか。そして空のはちすずめのめぐりも叫びも・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
出典:青空文庫