・・・ これはわたくしの性の獰猛なのによるか。痴愚なるによるか。自分にはわからぬが、しかし、今のわたくしは、人間の死生、ことに死刑については、ほぼ左のような考えをもっている。 二 万物はみなながれさる、とへラクレイ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・彼の犀利な眼にはおそらく人間のあらゆる偏見や痴愚が眼につき過ぎて困るだろうという事は想像するに難くない。稀に彼の口から洩れる辛辣な諧謔は明らかにそれを語るものである。弱点を見破る眼力はニーチェと同じ程度かもしれない。しかしニーチェを評してギ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それからまた鹿狩りの場に現われた貴族的なスポーツ風景は国粋主義の紳士淑女を喜ばすものであり、シャトーにおける生活の空虚と痴愚を露骨に風刺する多数の画面は卑近な民衆イデオロギーに迎合するものであろう。その中で比較的成効しているのは、サヴィニャ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ 私は鳥羽僧正の戯画を見る時に、そこに描かれた動物の群から人間の痴愚をさしつけれれる。北斎漫画を見る時に封建時代の社会の不思議な心理を教えられる。ホガースやドーミエーからは享楽の影に潜む恐ろしさを味わわされる。ハインリヒ・クライの怪奇画・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・自ら生得の痴愚にあき人生の疲れを予感した末世の女人にはお身の歓びは 分ち与えられないのだろうか真珠母の船にのりアポロンの前駆で生を双手に迎えた幸運のアフロディテ *ああ、劇しい嵐。よい・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・それ故、自分並全人類の持つ痴愚や不完全さが、随分のところまで認容します。真個に大切な光りとなるものが消され、破られない程度までは。従って生活、人格の発育と云うことを、実際的にも抽象的にも、経験によって居ります。私の裡には、或る程度まで何でも・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
出典:青空文庫