編輯者 支那へ旅行するそうですね。南ですか? 北ですか?小説家 南から北へ周るつもりです。編輯者 準備はもう出来たのですか?小説家 大抵出来ました。ただ読む筈だった紀行や地誌なぞが、未だに読み切れないのに弱ってい・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・上使の趣は、「其方儀乱心したとは申しながら、細川越中守手疵養生不相叶致死去候に付、水野監物宅にて切腹被申付者也」と云うのである。 修理は、上使の前で、短刀を法の如くさし出されたが、茫然と手を膝の上に重ねたまま、とろうとする気色もない。そ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 地誌を按ずるに、摩耶山は武庫郡六甲山の西南に当りて、雲白く聳えたる峰の名なり。山の蔭に滝谷ありて、布引の滝の源というも風情なるかな。上るに三条の路あり。一はその布引より、一は都賀野村上野より、他は篠原よりす。峰の形峻厳崎嶇たりとぞ。し・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・手帳と鉛筆とを携えて散歩に出掛けたスコットをばあざけりしウォーズウォルスは、決して写実的に自然を観てその詩中に湖国の地誌と山川草木を説いたのではなく、ただ自然その物の表象変化を観てその真髄の美感を詠じたのであるから、もしこの詩人の詩文を引い・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・──百姓をすると又、地子が高いの、取った米の値が安すぎるのとブツ/\こぼすであろう。 蛇の皮をはいだり、蛙を踏みつぶして、腹ワタを出したりするのは、一向、平気なものだ。一体百姓は、そんなことは平気でやる。、それくらいの惨酷さは、いくらで・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・杜氏は人のいゝ笑いを浮べて、「親方は別に説明してやることはいらんと怒りよったが、なんでも、地子のことでごた/\しとるらしいぜ。」「どういう具合になっとるんです?」 健二は顔を前に突き出した。――今年は不作だったので地子を負けて貰おう・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・過失傷害致死とかいう罪名でした。子供にも、どういうわけだか、その技師の罪名と運命を忘れる事が出来ませんでした。旭座という名前が「火」の字に関係があるから焼けたのだという噂も聞きました。二十年も前の事です。 七ツか、八ツの頃、五所川原の賑・・・ 太宰治 「五所川原」
・・・湖山は維新の際国事に奔走した功により権弁事の職に挙げられたが姑くにして致仕し、其師星巌が風流の跡を慕って「蓮塘欲レ継梁翁集。也是吾家消暑湾。」と言った。然し幾くもなくして湖山は其居を神田五軒町に移した。 明治年間池塘に居を卜した名士にし・・・ 永井荷風 「上野」
・・・でその中四枚が門歯四枚が犬歯それから残りが臼歯と智歯です。でそんなら門歯は何のため、門歯は食物を噛み取る為臼歯は何のため植物を擦り砕くため、犬歯はそんなら何のためこれは肉を裂くためです。これでお判りでしょう。臼歯は草食動物にあり犬歯は肉食類・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・として、過失致死罪として起訴した。殺人電車、赤ちゃん窒息という見出しで新聞はこの事件を報じた。そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている昨今の東京の交通地獄の凄じさに対して、熱意ある解決をしない運輸省の怠慢・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
出典:青空文庫