・・・何故なら深い別れというものは涙を噛みしめ、この生のやむなき事実に忍従したもので、そこには知性も意志も働いた上のことだからである。 人間が合いまた離れるということは人生行路における運命である。そしてこれは心に沁みる切実なことである。世の中・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・森の向うは地勢が次第に低くなっているのだ。けれども、ウォルコフは、犬どもの、威勢が、あまりによすぎることから推察して、あとにもっと強力な部隊がやって来ていることを感取した。 村に這入ってきた犬どもは、軍隊というよりは、むしろ、××隊だっ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 住民は、天然の地勢によって山間に閉めこまれているのみならず、トロッコ路へ出るには、必ず、巡査上りの門鑑に声をかけなければならなかった。その上、門鑑から外へ出て行くことは、上から睨まれるもとだった。 門鑑は、外から這入って来る者に対・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 浅間の麓に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸城址の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲いているが、その桑畠や竹薮を背にしたところに桜井先生の住居があった。先生はエナアゼチッ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 私たちを載せた車は、震災の当時に焼け残った岡の地勢を降りて、まだバラック建ての家屋の多い、ごちゃごちゃとした広い町のほうへ、一息に走って行った。町の曲がり角で、急に車が停まるとか、また動き出すとか、何か私たちの乗り心地を刺激するものが・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・私の知性は、死ぬる一秒まえまで曇らぬ。けれどもひそかに、かたちのことを気にしていたのだ。清潔な憂悶の影がほしかった。私の腕くらいの太さの枝にゆらり、一瞬、藤の花、やっぱりだめだと望を捨てた。憂悶どころか、阿呆づら。しかも噂と事ちがって、あま・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・『新ロマン派』も十月号より購読致し、『もの想う葦』を読ませて戴き居候。知性の極というものは、……の馬場の言葉に、小生……いや、何も言うことは無之候。映画ファンならば、この辺でプロマイドサインを願う可きと存候え共、そして小生も何か太宰治さま、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです」「こんな怪談はどうだ」馬場は下唇をちろと舐めた。「知性の極というものは、たしかにある。身の毛もよだつ無間奈落だ。こいつをちらとでも覗いたら最後、ひとは一こともも・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・理性や知性の純粋性など、とうに見失っているらしく、ただくらげのように自分の皮膚感触だけを信じて生きている人間たちにとっては、なかなか有り難い認識論である。ひとつ研究会でも起すか。私もいれてもらいます。 自分の世界観をはっきり持っていなく・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・私は霊感を信じない。知性の職人。懐疑の名人。わざと下手くそに書いてみたりわざと面白くなく書いてみたり、神を恐れぬよるべなき子。判り切っているほど判っているのだ。ああ、ここから見おろすと、みんなおろかで薄汚い。」などと賑やかなことであるが、お・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫