・・・また病気になっちゃあ」自分は妻に声をかけた。「どうかしたのか?」「ええ、お腹が少し悪いようなんです」この子供は長男に比べると、何かに病気をし勝ちだった。それだけに不安も感じれば、反対にまた馴れっこのように等閑にする気味もないではなかった。「・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ ――今夜は外へいらしっちゃあいやよ。 ――きっとよ。よくって。 ――ああ、ああ。 女の声がだんだん微な呻吟になってしまいに聞えなくなる。 沈黙。急に大勢の兵卒が槍を持ってどこからか出て来る。兵卒の声。 ――ここ・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・丁度、その時、御会席で御膳が出たので、暫くはいろいろな話で賑やかだったが、中洲の大将は、房さんの年をとったのに、よくよく驚いたと見えて、「ああも変るものかね、辻番の老爺のようになっちゃあ、房さんもおしまいだ。」「いつか、あなたがおっ・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・弱いことそんなに泣いちゃあ。かあちゃんがおさすりしてあげますからね、泣くんじゃないの。……あの兄さん」 といって僕を見なすったが、僕がしくしくと泣いているのに気がつくと、「まあ兄さんも弱虫ね」 といいながらお母さんも泣き出しなさ・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・僕はおかあさんを起そうかとちょっと思いましたが、おかあさんが「お前さんお寝ぼけね、ここにちゃあんとあるじゃありませんか」といいながら、わけなく見付けだしでもなさると、少し耻しいと思って、起すのをやめて、かいまきの袖をまくり上げたり、枕の近所・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・どっちかに極めなくちゃあならないのだ。公民たるこっちとらが社会の安全を謀るか、それとも構わずに打ち遣って置くかだ。」 こんな風な事をもう少ししゃべった。そして物を言うと、胸が軽くなるように感じた。「実に己は義務を果すのだ」と腹の内で・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・下を氷で冷すばかりの容体を、新造が枕頭に取詰めて、このくらいなことで半日でも客を断るということがありますか、死んだ浮舟なんざ、手拭で汗を拭く度に肉が殺げて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は御全盛のお庇・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 看護婦は窮したる微笑を含みて、「お胸を少し切りますので、お動きあそばしちゃあ、危険でございます」「なに、わたしゃ、じっとしている。動きゃあしないから、切っておくれ」 予はそのあまりの無邪気さに、覚えず森寒を禁じ得ざりき。お・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・毎日々々行っちゃあ立っていたので、しまいにゃあ見知顔で私の顔を見て頷くようでしたっけ、でもそれじゃあない。 駒鳥はね、丈の高い、籠ん中を下から上へ飛んで、すがって、ひょいと逆に腹を見せて熟柿の落こちるようにぼたりとおりて、餌をつついて、・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・あぶれた手合が欲しそうに見ちゃあ指をくわえるやつでね、そいつばッかりゃ塩を浴びせたって埒明きませぬじゃ、おッぽり出してしまわっせえよ。はい、」 といいかけて、行かむとしたる、山番の爺はわれらが庵を五六町隔てたる山寺の下に、小屋かけてただ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
出典:青空文庫