・・・君もやらなくっちゃあ。――ただ、馬車へ乗ったり、別荘を建てたりするだけならいいが、むやみに人を圧逼するぜ、ああ云う豆腐屋は。自分が豆腐屋の癖に」と圭さんはそろそろ慷慨し始める。「君はそんな目に逢った事があるのかい」 圭さんは腕組をし・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その時私が、先生こういう事を覚えて御出でですか、私は下駄を穿いて歩いてこうこうだったと御話したら、杉浦さんは、いやそれはどうも大変な違いだ、私は下駄を穿いて学校を歩くことは大賛成である、穿いちゃあならんという貼出しが出たのは、あれは文部省が・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・おまけにちゃあんとご飯を入れる道具さえあったのです。 そしてその中に、猫大将の子供が四人、やっと目をあいて、にゃあにゃあと鳴いておりました。 猫大将は子供らを一つずつなめてやってから言いました。「お前たちはもう学問をしないといけ・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・「私ももうこれでおめにかかれませんよ、こう弱っちゃあね」 ごぼごぼと咳をした。「どうも永年御世話様でございました」 彼女がもう二度と来ないということは、村人を寛大な心持にさせた。「せきが出るな――せきの時は食べにくいもん・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・こういいめがふかなくちゃあやりきれないもん……ねえ」と談合した。一太はそのとき勇み立って、「ああ行こうよ、行こうよおっかちゃん」と云ったが……一太は、頭を傾げ脚をふりふり、「どんなところだろうね朝鮮て! おっかちゃん」と・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・「ちょっくら見て来べえ、万一何事かおっ始まってるに、おれたちゃあ酒くらって知んねえかったといわれたらなんねえ」 勘助が、もう一人と暗い土間で履物を爪先探りしている時、けたたましい声が聞こえた。「勇吉ん家が火事だぞ――っ!」 ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・お前は、 ほんとうに、もうあきあきするほど長い事っちゃあないかい。 もうあの日っから、何日目になるだろう。 こおっと、 あれは――何だったろう、お前、先月の十一日頃だったろう、 それだものもうざあっと、一月だよ。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・「姉さん火の中へ逃げちゃあいけねえ」などと云うものがある。とうとう避難者や弥次馬共の間に挟まれて、身動もならぬようになる。頭の上へは火の子がばらばら落ちて来る。りよは涙ぐんで亀井町の手前から引き返してしまった。内へはもう叔父が浜町から帰って・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「なんでも江戸の坊様に御馳走をしなくちゃあならないというので、蕎麦に鳩を入れて食わしてくれたっけ。鴨南蛮というのはあるが、鳩南蛮はあれっきり食った事がねえ。」「そうしていると打毀という奴が来やがった。浪人ものというような奴だ。大勢で・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・「そんな事は学者の木村君にでも聞かなくちゃあ駄目だ」と云って、犬塚は黙ってこの話を聞いている木村の顔を見た。「そうですね。僕だって別に調べて見たこともありませんよ。無政府主義も虚無主義も名附親は分かっていますがね。」いつでも木村は何・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫