・・・ ついに野球のセコチャンが一人溺死した。 湖は、底もなく澄みわたった空を映して、魔の色をますます濃くした。「屠牛所の生き血の崇りがあの湖にはあるのだろう」 一週間ぐらいは、その噂で持ち切っていた。 セコチャンは、自分をの・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・みイちャんじゃないか。今日はまアどうしたのだろう。みイちゃんに逢っては実に合す顔がない。みイちャんも言いたい事があるであろう。こちらも話したい事は山々あるが最う話しする事の出来ない身の上となってしまった。よし話が出来たところが今更いってもみ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「マーチャンお目出とう。」「マーチャンお辞儀おしなさい。このおじさん知っていますか。オホンオホンじいちゃんがネー御病気がすっかりよくおなりなすっていらしったのだからお辞儀をしなくちゃいけません。」「マーチャンはことし四つになったんでしょう、・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ そのときぼくはネリちゃん。あなたはむぐらはすきですかとからかったりして飛んだのだ。それからもちろんキャベジも植えた。 二人がキャベジを穫るときは僕はいつでも見に行った。 ペムペルがキャベジの太い根を截ってそれをはたけにころがす・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ ふき子は、びっくりしたように、「あら本気なの、陽ちゃん」といった。「本気になりそうだわ――ある? そんな家……もし本当にさがせば」「そりゃあってよ、どこだって貸すわ、でも――もし来るんならそんなことしないだって、家へい・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・自分の気に入らない意見でも、しまいまでチャンときいて、堂々とそれを討論してゆく人間にならなければなりません。 自分で考えてみる力を、守り立ててやりましょう。 自分の思いつきを大切にして、それを実現してゆく方法を、根気よく見つけてゆく・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・自然につく調子で、体をゆすぶりながら、かえしてゆくとき、鉄きゅうの上で鉄のせんべい焼道具がガチャンと鳴った。 店さきにたって、うっとりとその作業に見とれている子供には、職人たちの身ぶりと音との面白さがこの上なかった。いくら見ていても面白・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・八歳でチャンと就学した児童は三〇パーセントだった。七〇パーセントはもっとおくれていた。ロシア共和国で四年制の児童六九・五パーセントは九歳で入学している。 五ヵ年計画は三十四億七千六百ルーブリという巨額を、プロレタリア・農民文化の基礎水準・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・その妻は吉原の引手茶屋湊屋の女みなというもので、常にみいちゃんと呼ばれていた。芸者屋の湊屋と号するも、吉原の湊屋の号より取ったものであった。明治四年二月の頃、この家の抱えは貫六、万吉、留八の三人であった。この河野は香以の息だと聞いた。」この・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・「坊ちゃんはいい子ですね。あのね、小母さんはまだこれから寝なくちゃならないのよ。あちらへいってらっしゃいな。いい子ね。」 灸は婦人を見上げたまま少し顔を赧くして背を欄干につけた。「あの子、まだ起きないの?」「もう直ぐ起きます・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫