・・・そのことは作品の自然さと重厚な真実性とをもたらしているのであるけれども、例えば「阿部一族」の読者は、精彩にみち、実感にふれて来るこの雄大な一作をよんだのち、満足とともに何とはなし自分の体がもう一寸何かにぶつかる味を味ってみたかったような気分・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・「われわれの日常の中からとられている、これは健康な徴候だ。――君のこの前の作品、あのホラ、染めた髪の女が出て来る――少くともあれとは比較にならないね」 みんなドッと笑った。云われた当人は、少し顔を赤らめながら、やっぱり大笑いした。・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・マーニャの家は、貧しいポーランドの貧しい小貴族の端くれで、経済的には決して楽でなかったことは、マーニャの生れた時分既に結核の徴候があらわれていて閉じこもり勝であった美しくて音楽ずきの母が、小さいマーニャのために自分で靴を縫ってやっているとい・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・きらなければ作品として生み出さない画家、決してただ与えられた刺戟に素早く反応して自分の空想に亢奮したままに作画してゆくような素質の芸術家ではなかったこと、これはケーテにとって最も貴重な特質の一つである重厚さであった。 六枚つづきの「織匠・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・現実の複雑な力のきつさに芸術精神が圧倒される徴候がまだ目新しいものとして感じられていた当時、西鶴の名とともに云われたこの散文精神ということは、のしかかって来る現実に我からまびれて行こう、そしてそこから何かを再現しようという意味で、文学上、一・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・多くの民主的批評家を我ながらぎごちなく感じさせているにちがいないさびつきの徴候は、一九四七年第三回新日本文学会大会にあらわれた。この大会で民主的な文学作品について報告する責任をもった佐多稲子は、小説部会の評価が各作品について全く対立的である・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・私もここに野暮にして重厚な真心をもって、×××氏がカレントに、小粒ながら真実深き評言を正面に人生に向って投げられるように希望する。〔一九二七年二月〕 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・で作者森山氏は主題の更に重厚な展開のために、主人公のような社会層のインテリゲンツィアと家族関係との奥に潜められている心理的因子を主人公の側からとらえ、掘り下げる必要があったことを心付かずにいた。そのことを伊藤氏も全く見落していられた。「幽鬼・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
・・・そして、この切実な苦しみの原因は、過去の組合活動がはげしい動きをもちながら経済主義の傾向ばかりがつよかったために、たたかいの経験を階級的人間としての成長の実感にまで重厚にみのらすことが出来なかった点と、職場の文学愛好者が文学に対してゆく心も・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫