・・・と突然鸚鵡が間のぬけた調子で鳴いたので、「や、こいつは奇体だ、樋口君、どこから買って来たのだ、こいつはおもしろい」と、私はまだ子供です、実際おもしろかった、かごのそばに寄ってながめました。「うん、おもしろい鳥だろう」と、樋口はさびし・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・母はじろり自分を見たばかり一言も言わず、大きな声で「お光、お銚子が出来たよ」と二階の上口を向いて呼んだ。「ハイ」とお光は下て来て自分を見て、「オヤ兄様」と言ったが笑いもせず、唯だ意外という顔付き、その風は赤いものずくめ、どう見ても居・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・剣鞘で老人の尻を叩いている男に、さきの一人が思い切った調子で云った。それは栗島だった。「どっか僕が偽せ札をこしらえた証拠が見つかりましたか?」「まあ待て!」伍長は栗島を振りかえった。「このヨボが僕に札を渡したって云っていましたか。」・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・それが今日の今のような調子合だ。妙なところに夫は坐り込んだ。細工場、それは土間になっているところと、居間とが続いている、その居間の端、一段低くなっている細工場を、横にしてそっちを見ながら坐ったのである。仕方がない、そこへ茶をもって行った。熱・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 按摩済む頃、袴を着けたる男また出で来りて、神酒を戴かるべしとて十三、四なる男の児に銚子酒杯取り持たせ、腥羶はなけれど式立ちたる膳部を据えてもてなす。ここは古昔より女のあることを許さねば、酌するものなどすべて男の児なるもなかなかにきびき・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ ないことに、検事がそんな調子でお世辞を云った。「ウ、ウン、元気さ。」 俺はニベもなく云いかえした。――が、フト、ズロースの事に気付いて俺は思わずクスリと笑った。然し、その時の俺の考えの底には、お前たちがいくら俺たちを留置場へ入・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・口の欠けた銚子が二本と章魚の酢ものと魚の煮たものだった。すぐあとから別な背の低い唇の厚い女が火を持ってきた。が、火鉢に移すと、何も言わずに出ていった。 寒かった、龍介はテーブルを火鉢の側にもってきて、それに腰をかけて、火鉢の端に足をたて・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ と、自分は馴々敷い調子で言った。男は自分の思惑を憚るかして、妙な顔して、ただもう悄然と震え乍ら立って居る。「何しろ其は御困りでしょう。」と自分は言葉をつづけた。「僕の家では、君、斯ういう規則にして居る。何かしら為て来ない人には、決・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ そのうちに学士の誂えた銚子がついて来た。建増した奥の部屋に小さなチャブ台を控えて、高瀬は学士とさしむかいに坐って見た。一口やるだけの物がそこへ並んだ。 学士はこの家の子のことなどを親達に尋ねながら、手酌で始めた。「高瀬君、まあ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫