・・・先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています。 先生はお日さまがまっ正面なのです・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ かきねのずうっと向うで又三郎のガラスマントがぎらっと光りそれからあの赤い頬とみだれた赤毛とがちらっと見えたと思うと、もうすうっと見えなくなってただ雲がどんどん飛ぶばかり一郎はせなか一杯風を受けながら手をそっちへのばして立っていたのです・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 童子は母馬の茶いろな瞳を、ちらっと横眼で見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお叱りなさいませんでした。ご自分の袖で童子の頭をつつむようにして、馬市を通りすぎてから河岸の青い草の上に童子を・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 早くも、シグナルの緑の燈と、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄のほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・どうもすきとおった風どもが波のために少しゆれながらぐるっと集って私からとって行ったきれぎれの語を丁度ぼろぼろになった地図を組み合せる時のように息をこらしてじっと見つめながらいろいろにはぎ合せているのをちらっと私は見ました。 また私はそこ・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・工芸学校の先生はちらっとそれを見ましたが知らないふりをしておりました。 さてだんだん夜も更けましたので会長さんが立って、「やあこれで解散だ。諸君めでたしめでたし。ワッハッハ。」とやって会は終りました。 そこで山男は顔をまっかにし・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・そのときちょっと風が吹いて手拭がちらっと動きましたので、その進んで行った鹿はびっくりして立ちどまってしまい、こっちのみんなもびくっとしました。けれども鹿はやっとまた気を落ちつけたらしく、またそろりそろりと進んで、とうとう手拭まで鼻さきを延ば・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・雪童子が丘をのぼりながら云いますと、一疋の雪狼は、主人の小さな歯のちらっと光るのを見るや、ごむまりのようにいきなり木にはねあがって、その赤い実のついた小さな枝を、がちがち噛じりました。木の上でしきりに頸をまげている雪狼の影法師は、大きく長く・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・今はそれがうしろの横でちらっと光る。そこの松林の中から黒い畑が一枚出てきます。(ああ畑も入ります入ります。遊園地なんて誰だったかな、云っていた、あてにならない。こんな畑を云うんだろう。おれのはもっとずっと上流の北上川から遠くの東の山・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・私はまるで頭がしいんとなるように思いました。そんなにその崖が恐ろしく見えたのです。「下の方ものぞかしてやろうか。」理助は云いながらそろそろと私を崖のはじにつき出しました。私はちらっと下を見ましたがもうくるくるしてしまいました。「どう・・・ 宮沢賢治 「谷」
出典:青空文庫