・・・ すると上の方で、やどりぎが、ちらっと笑ったようでした。タネリは、面白がって節をつけてまた叫びました。「栗の木食って 栗の木死んで かけすが食って 子どもが死んで 夜鷹が食って かけすが死んで 鷹は高くへ飛んでった。」・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・ 洋傘直しは荷物へよろよろ歩いて行き、有平糖の広告つきのその荷物を肩にし、もう一度あのあやしい花をちらっと見てそれからすももの垣根の入口にまっすぐに歩いて行きます。 園丁は何だか顔が青ざめてしばらくそれを見送りやがて唐檜の中へはいり・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・それから首を低くしていきなり中へ飛び込もうとして後あしをちらっとあげたときもう土神はうしろからぱっと飛びかかっていました。と思うと狐はもう土神にからだをねじられて口を尖らして少し笑ったようになったままぐんにゃりと土神の手の上に首を垂れていた・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・ただくるみのいちばん上の枝がゆれ、となりのぶなの葉がちらっとひかっただけでした。 一郎がすこし行きましたら、谷川にそったみちは、もう細くなって消えてしまいました。そして谷川の南の、まっ黒な榧の木の森の方へ、あたらしいちいさなみちがついて・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・小十郎はなぜかもう胸がいっぱいになってもう一ぺん向うの谷の白い雪のような花と余念なく月光をあびて立っている母子の熊をちらっと見てそれから音をたてないようにこっそりこっそり戻りはじめた。風があっちへ行くな行くなと思いながらそろそろと小十郎は後・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ そのとき、黒い東の山脈の上に何かちらっと黄いろな尖った変なかたちのものがあらわれました。梟どもは俄にざわっとしました。二十四日の黄金の角、鎌の形の月だったのです。忽ちすうっと昇ってしまいました。沼の底の光のような朧な青いあかりがぼおっ・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ お医者もちらっと眼をうごかしたようでしたがまもなくやっぱり前のようしいんと静まり返っています。 その時一番小さいひなげしが、思い切ったように云いました。「お医者さん。わたくしおあしなんか一文もないのよ。けども少したてばあたしの・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ 四日目に又畜産の、教師が助手とやって来た。ちらっと豚を一眼見て、手を振りながら助手に云う。「いけないいけない。君はなぜ、僕の云った通りしなかった。」「いいえ、窓もすっかり明けましたし、キャベジのいいのもやりました。運動も毎日叮・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・と泣きながら叫んで追いかけましたがもう男は森を抜けてずうっと向うの黄色な野原を走って行くのがちらっと見えるだけでした。マミミの声が小さな白い三角の光になってネネムの胸にしみ込むばかりでした。 ネネムは泣いてどなって森の中をうろうろうろう・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ その音にまじってたしかに別の楽器や人のがやがや云う声が、時々ちらっときこえてまたわからなくなりました。 しばらく行ってファゼーロがいきなり立ちどまって、わたくしの腕をつかみながら、西の野原のはてを指しました。わたくしもそっちをすか・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫