・・・「哀れっぽい声を出したって駄目だよ。また君、金のことだろう?」「いいえ、金のことじゃありません。ただわたしの友だちに会わせたい女があるんですが、……」 その声はどうもKらしくなかった。のみならず誰か僕のことを心配してくれる人らし・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・君は自分で飽きっぽい男だと言ってるが、案外そうでもないようだね。A 何故。B 相不変歌を作ってるじゃないか。A 歌か。B 止めたかと思うとまた作る。執念深いところが有るよ。やっぱり君は一生歌を作るだろうな。A どうだか。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・股のしまった、瓜ざね顔で、鼻筋の通った、目の大い、無口で、それで、ものいいのきっぱりした、少し言葉尻の上る、声に歯ぎれの嶮のある、しかし、気の優しい、私より四つ五つ年上で――ただうつくしいというより仇っぽい婦人だったんです。何しろその体裁で・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・が居るからと、度々聞かされたのでありますが、ただ、佳い女が居るとばかりではない、それが篠田とは浅からぬ関係があるように思われまする、小宮山はどの道一泊するものを、乾燥無味な旅籠屋に寝るよりは、多少色艶っぽいその柏屋へと極めたので。 さて・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・「俺は、一日じゅう人の顔さえ見れば、哀れっぽい声を出せるだけ絞り出して、頭を下げられるだけ低く下げて頼んでみたが、これんばかりしかもらわなかった。」と、あばた面の乞食が銭を算えながらいっていました。すると一人の脊の高い、青い顔をした乞食・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・そして、地虫は、さながら、春の夜を思わせるように哀れっぽい調子で、唄をうたっていました。 幾たびか、眠られぬままに、からだを動かしていたちょうはついに、月の光を浴びながら、どこへとなく、飛び去ってしまいました。 そしてふたたび、彼女・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・嘘でなきゃあ誰も子供のころの話なんか聞くものかという気持だったから、自然相手の仁を見た下司っぽい語り口になったわけ、しかし、そんな語り口でしか私には自分をいたわる方法がなかったと、言えば言えないこともない。こんな風に語ったのです。「……・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ などと、何れも浅ましく口拍子よかった中に、誰やら持病に鼻をわずらったらしいのが、げすっぽい鼻声を張り上げて、「やい、そう言うおのれの女房こそ、鷲塚の佐助どんみたいな、アバタの子を生むがええわい」 と呶鳴った。 その途端、一・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・手をひろげるような無邪気な所もあり、大宮校長から掛って来た電話を聴いていると、嫉けるぜと言いながら寄って来てくすぐったり、好いたらしい男だと思っている内にある夜暗がりの応接間に連れ込まれてみると、子供っぽい石田が分別くさい校長とは較べものに・・・ 織田作之助 「世相」
・・・花火そのものは第二段として、あの安っぽい絵具で赤や紫や黄や青や、さまざまの縞模様を持った花火の束、中山寺の星下り、花合戦、枯れすすき。それから鼠花火というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆った。 それか・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
出典:青空文庫