「――春になると埃っぽいな――今日風呂が立つかい」「そうね、どうしようかと思ってるのよ、少し風が強いから」「じゃあ一寸行って来よう」「立ててもよくてよ」「行って来る方が雑作ない」 愛が風呂場で石鹸箱をタウ・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・これっぽちのお金しかないのに物価は高い。みな不思議なからくりで非常に猛烈な火の車でどうやらやっているのです。そんなような状態ですから、ましてお金をもっている人達の頭のよさ、それから社会に力をもっていることは猛烈なものです。ですから皆さんのお・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・を書きつづけつつ、その人生の脂っこさ、塵っぽさにやり切れないから、一日に一つは漢詩をつくって息をぬくのであると云って、白鶴に乗じて去るというような境地に逃げたことは、明治大正のヨーロッパ化した文学精神における文人気質の何を語っているであろう・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・雨戸を一枚だけ明けた乾物臭い暗い奥から、汚れた筒っぽ袢纏を着た女房が首を出した。 なるほど天城街道は歩くによい道だ。右は冬枯れの喬木に埋った深い谷。小さい告知板がところどころに建っていて、第×林区、広田兵治など書いてある。その、炭焼・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・ まったく思えば日本の封建的尻っぽというものは、妖怪じみて巨大である。なにしろ二十世紀のなかばまで、あれほどの封建的絶対性が社会全般をつつんでいた事実を思えば、日本の「近代」というものは明治以来ヨーロッパでいわれている意味の「近代」でな・・・ 宮本百合子 「自我の足かせ」
・・・父が漫画めいたものを描いたとしたら、果してどんな線や色で、自身のあの政治的でない気質、淡白さ、ある子供っぽさのようなものを表現したでしょう。どのような題材を、どのようにとらえ、解釈したのでしたろう。まことに知りたいと思います。 夏目漱石・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・いくらか、昨日の今日で街が埃っぽいのも、わるくない。昼間はしまっている各劇場の戸口に日に照らされながら札が出ている。「本日、劇場はただ労働者諸君のためにだけ開場する」――職業組合がモスクワじゅうの劇場の切符を労働者に分けるんだ。五月二日、モ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・「大阪って云うと京都より塵っぽい煤煙の多い処許り見たいだけど成園さんの描いたあの近所は随分好い、お酌もこっちのより奇麗だし同じ位『すれ』て居ても言葉が柔いからいやな気持がそんなにしない。『すれ』を上手にごまかして居るのかもしれな・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 黒っぽい木綿の着物に白い帯をした彼が、特別にでも自分だけは粗末な品数の少ない食卓にしてもらって、子供達の話や母の慰めを満足したらしく聞きながら、一口ずつ噛みしめて食べて居た様子がありありと目に浮ぶ程である。 或る日いつもの様に・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・そうすると又小っぽけな小供達がけんかをはじめた。あの泣き声、叱る声、わめく声、又それをきくとかんしゃくの虫がうごめき出すと一緒に痛みが歯の間に生れる。こんな一寸した下らない事で又私の頭はごっちゃごっちゃにかきまわされてしまった。居ても立って・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫