・・・姫路ではこの男は家老本多意気揚に仕えている。名は山本九郎右衛門と云って当年四十五歳になる。亡くなった三右衛門がためには、九つ違の実弟である。 九郎右衛門は兄の訃音を得た時、すぐに主人意気揚に願書を出した。甥、女姪が敵討をするから、自分は・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・婆あさんは伊織の妻るんと云って、外桜田の黒田家の奥に仕えて表使格になっていた女中である。るんが褒美を貰った時、夫伊織は七十二歳、るん自身は七十一歳であった。 ―――――――――――――――― 明和三年に大番頭になった・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・ 木村は右の肱を卓に衝いて、頭を支えて、やや退屈らしい様子をして話している。「スチルネルは哲学史上に大影響を与えている人で、無政府主義者と云われている人達と一しょにせられては可哀相だ。あれは本名を Johann Kaspar Sch・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ わたくしは医を学んで仕えた。しかしかつて医として社会の問題に上ったことはない。「※※雕朽木、老大免左遷」の句がある。 わたくしの多少社会に認められたのは文士としての生涯である。抒情詩においては、和歌の形式がいまの思想を容るるに足ら・・・ 森鴎外 「なかじきり」
・・・美しい肌に粗服をまとって、質素な仲平に仕えつつ一生を終った。飫肥吾田村字星倉から二里ばかりの小布瀬に、同宗の安井林平という人があって、その妻のお品さんが、お佐代さんの記念だと言って、木綿縞の袷を一枚持っている。おそらくはお佐代さんはめったに・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・こうして森厳な伝統の娘、ハプスブルグのルイザを妻としたコルシカ島の平民ナポレオンは、一度ヨーロッパ最高の君主となって納まると、今まで彼の幸福を支えて来た彼自身の恵まれた英気は、俄然として虚栄心に変って来た。このときから、彼のさしもの天賦の幸・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・多胡辰敬は尼子氏の部将で、石見の刺賀岩山城を守っていた人であるが、その祖先の多胡重俊は、将軍義満に仕え、日本一のばくち打ちという評判を取った人であった。後三代、ばくちの名人が続いたが、辰敬の祖父はばくちをやめ、応仁の乱の際に京都で武名をあげ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫