・・・三日に揚げずに来るのに毎次でも下宿の不味いものでもあるまいと、何処かへ食べに行かないかと誘うと、鳥は浜町の筑紫でなけりゃア喰えんの、天麩羅は横山町の丸新でなけりゃア駄目だのと、ツイ近所で間に合わすという事が出来なかった。家の惣菜なら不味くて・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ ある日、太郎は、野原へいってみますと、雪の消えた跡に、土筆がすいすいと幾本となく頭をのばしていました。それを見ましたとき、太郎は、いつか雪の夜に、赤いろうそくの点っていた、不思議な、気味のわるい景色を思い出したのであります。・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・のをわれは親なし 母の三十七年忌にはふ児にてわかれまつりし身のうさは面だに母を知らぬなりけり 古書を読みて真男鹿の肩焼く占にうらとひて事あきらめし神代をぞ思ふ 筑紫人のその国へかえるに程すぎて・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・殊に三月の末であったか、碧梧桐一家の人が赤羽へ土筆取りに行くので、妹も一所に行くことになった時には予まで嬉しい心持がした。この一行は根岸を出て田端から汽車に乗って、飛鳥山の桜を一見し、それからあるいて赤羽まで往て、かねて碧梧桐が案内知りたる・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・夫が筑紫へ往って帰らぬので、二人の子供を連れて尋ねに往く。姥竹は姉娘の生まれたときから守りをしてくれた女中で、身寄りのないものゆえ、遠い、覚束ない旅の伴をすることになったと話したのである。 さてここまでは来たが、筑紫の果てへ往くことを思・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ところが筑紫へ赴任する前に、ある日前栽で花を見ていると、内裏を拝みに来た四国の田舎人たちが築地の外で議論するのが聞こえた。その人たちは玉王を見て、あれはらいとうの衛門の子ではないかと言って騒いでいたのである。玉王はそれを聞いて、自分が鷲にさ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫