・・・ 異教徒席の中から赭い髪を立てた肥った丈の高い人が東洋風に形容しましたら正に怒髪天を衝くという風で大股に祭壇に上って行きました。私たちは寛大に拍手しました。 祭司が一人出てその人と並んで紹介しました。「このお方は神学博士ヘルシウ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・それは大きな平べったいふらふらした白いもので、どこが頭だか口だかわからず、口上言いがこっち側から棒でつっつくと、そこは引っこんで向うがふくれ、向うをつつくとこっちがふくれ、まん中を突くとまわりが一たいふくれました。亮二は見っともないので、急・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・ではもう個人的解決の時期を全くすぎていて、これは人民的規模において、男女共通に、共通の方法に参加して、各種の管理委員会をこしらえて、自主的な圧力で改善してゆくことに決心したら、どんなに早く、解決の緒につくことだろう。配給と買出しにしばられて・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・СССРでは昔からどんな田舎の駅でも列車の着く時間には熱湯を仕度してそれを無料で旅人に支給する習慣だ。だからしばしば見るだろう。汽車が止るとニッケル・やかんやブリキ・やかんや時には湯呑一つ持ってプラットフォームを何処へか駈けてゆく多勢の男を・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・しかし、私は弱音を吐くことは許されない。「ここへ来るとたれかにいったの?」「いいえ、こっそり畑から来ました」「――何にもありはしまいが、じゃあこちらで泊っていらっしゃい」 十六の女中は、背後を見い見い、「おらあ……雨戸し・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・わたしたちの知ったとき、もう浅吉の木菟のようなふくらんだ頬っぺたには白く光る不精髭があったし、おゆきは、ばあやさんと呼ばれていた。「ねえ、おゆきばあや、あっさんは赤門にいるの」 縫物をしているおゆきのわきにころがって小さい女の子は質・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・民主主義文学の伝統にたいして正当性をかいている平野謙、荒正人氏たちの論説を反駁し、書きぶりは、アクロバットめいているが、衝く点はたしかについています。こういう本質をもった論文は書かれなければならないが、やっぱり、文学の世界の住人以外の人に、・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・そうすると、そこへ一日の労働を了えて疲れて帰って来て、枕に就くというとかゆくて寝られない。そのうちに夜が明けて、眠り足りないで工場に出たから、工場で機械の中に捲込まれて悲劇が起る。これは労働者が自分達の生活の規律と、自身の安全のために清潔に・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・今日、彼等の社会を風靡していると云われる物質主義、精力主義、並に実利主義は、未開の而も生産力の尽くるところを知らない自然に向って、祖先が、本能的に刺戟された一方面の発育であると云えるのではありませんでしょうか。 源泉は遠い遠い彼方迄遡る・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 窮した彼は、近所の山から掘り出す白土――米を搗くときに混ぜたり、磨き粉に使ったりする白い泥――を、町の入口まで運搬する人足になっていたのである。 できるだけ賃銭を貰いたさに、普通一俵としてあるところを、二俵も背負っているので、そん・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫