・・・羽子を突く音もしなければ、凧のうなりもきこえない。子供達は、何と云う名なのか知らないけれ共、地面に幾つも幾つも条を引いて、その条から条へと小石を爪先で蹴って行く遊びを主にして居る。首に毛糸で編んだ赤や紫の頸巻の様なものを巻きつけて懐手をして・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・「斯くの如く一日は極めて速かに流れ、この精力的な労働者は僅かの安眠を貪るべく寝床に就くのである。」 ブランデスは、然し、この記述で計らず自身の道徳律の領域に描写を止めているのは面白いことである。バルザックの一日の内容にはもっともっと他の・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ この年、一七九九年のブルターニュの反乱を題材とした「木菟党」を発表し、バルザックはこの小説で初めて自分の本名を署名した。つづいて同年「結婚の生理」を完成し、作家オノレ・ド・バルザックの名は漸く世間的に認められ、新聞雑誌に喧伝せられるに・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・「二世紀というものは権力に抗う人々が『自由意志』の怪しげな主義を築くために費された。更に二世紀というものは、自由意志の第一段の必然帰結たる信仰の自由の発達を促すために費された。我々の世紀はその第二段の必然帰結たる国民権を築こうと試みてい・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・) ブルターニュ 木菟党をよむ。深く感動した。今日、ヨーロッパ地図の上で、人間の理性の地図の上で、ナチス侵入に総反撃を加えつつあるブルターニュのマーキの人々の活躍の価値を思い合わせて。 木菟党は、大革命・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・この恐しい荒廃の中から、私共が新しい明日の生活を築くためにはしっかりと現実的に自分達人民が置かれた立場を把握しなければならないのである。 どの国でも、戦時は男子の労働力に代って、婦人の社会的勤労が極度に必要とされる。とりわけ、日本の・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・帰路につくべき時になった。かれは近隣のもの三人と同伴して、道すがら糸くずを拾った場所を示した。そして途中ただその不意の災難を語りつづけた。 その晩はブレオーテの村を駆けまわって、人ごとに一条を話したが、一人もかれを信ずるものにあわなかっ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ 為事が一つ片附くと、朝日を一本飲む。こんな時は木村の空想も悪戯をし出す事がある。分業というものも、貧乏籤を引いたもののためには、随分詰まらない事になるものだなどとも思う。しかし不平は感じない。そんならと云って、これが自分の運だと諦めて・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 殉死を許した家臣の数が十八人になったとき、五十余年の久しい間治乱のうちに身を処して、人情世故にあくまで通じていた忠利は病苦の中にも、つくづく自分の死と十八人の侍の死とについて考えた。生あるものは必ず滅する。老木の朽ち枯れるそばで、若木・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・わたくしはなんでもひと思いにしなくてはと思ってひざを撞くようにしてからだを前へ乗り出しました。弟は突いていた右の手を放して、今まで喉を押えていた手のひじを床に突いて、横になりました。わたくしは剃刀の柄をしっかり握って、ずっと引きました。この・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫