・・・秀麿が心からでなく、人に目潰しに何か投げ附けるように笑声をあびせ掛ける習癖を、自分も意識せずに、いつの間にか養成しているのを、奥さんは本能的に知っているのである。 食事をしまって帰った時は、明方に薄曇のしていた空がすっかり晴れて、日光が・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・内で漬ける漬物も、虎吉が「この大きい分は己の茄子だ」と云って出して食うということである。虎吉は食料は食料で取って、実際食う物は主人の物を食っているのである。春は笑ってこう云った。割木も別当さんのは「見せ割木」で、いつまで立っても減ることはな・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・が、雀は一粒の餌さえも見附けることが出来なかった。で、小屋の中を小声で囀りながら一廻りすると外へ出て来て、また茶畑の方へ霜を蹴り蹴りぴょんぴょんと飛んでいった。十四 野路では霜柱が崩れ始めた。お霜は粥を入れた小鉢を抱えたまま・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫