・・・いい天気でありましたから、おじいさんのいったように、お寺のお開帳に出かける人が続きました。よく道を知っている人たちは、さっさと少年のすわっている前を通り過ぎて、道をまちがわずにその方へとゆきました。中には、老人もありました。若い女もありまし・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・ ところが偶然というものは続きだしたら切りのないもので、そしてまた、それがこの世の中に生きて行くおもしろさであるわけですが、ある日、文子が客といっしょに白浜へ遠出をしてきて、そして泊ったのが何と私の勤めている宿屋だった。その客というのは・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その夜も眠りにくかった。 十二時頃夕立がした。その続きを彼は心待ちに寝ていた。 しばらくするとそれが遠くからまた歩み寄せて来る音がした。 虫の声が雨の音に変わった。ひとしきりするとそれはまた町の方へ過ぎて行った。 蚊帳をまく・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・『わたしも帰って戦争の夢でも見るかな』と、罪のない若旦那の起ちかかるを止めるように『戦争はまだ永く続きそうでございますかな』と吉次が座興ならぬ口ぶり、軽く受けて続くとも続くともほんとの戦争はこれからなりと起ち上がり『また明日の新・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ スピリットに憑かれたように、幾千の万燈は軒端を高々と大群衆に揺られて、後から後からと通りに続き、法華経をほめる歓呼の声は天地にとよもして、世にもさかんな光景を呈するのである。フランスのある有名な詩人がこの御会式の大群衆を見て絶賛した。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・川続きであるから多く利根の方から隅田川へ入り込んで来る、意外に遠い北や東の国のものである。春から秋へかけては総ての漁猟の季節であるから、猶更左様いう東京からは東北の地方のものが来て働いて居る。 又其の上に海の方――羽田あたりからも隅田川・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・そして、そこから私が身を起こしたころには、過ぐる七年の間続きに続いて来たような寂しい嵐の跡を見直そうとする心を起こした。こんな心持ちは、あの太郎の家を見るまでは私に起こらなかったことだ。 留守宅には種々な用事が私を待っていた。その中でも・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・八年間、その間には、往年の呑気な帝国大学生の身の上にも、困苦窮乏の月日ばかりが続きました。八年間、その間に私は、二十も年をとりました。やがて雨さえ降って来て、家内も、母も、妹も、いい町です、落ち附いたいい町です、と口ではほめていながら、やは・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・絃の音が、断えては続き続いては消える時に、二人は立止まる。そして、じっと眼を見交わす。二人の眼には、露の玉が光っている。 二人はまた歩き出す。絃の音は、前よりも高くふるえて、やがて咽ぶように落ち入る。 ヴァイオリンの音の、起伏するの・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・この音楽があったために倉続きの横町の景色が生きて来たものか、あるいは横町の景色が自分の空想を刺戟していたために長唄がかくも心持よく聞かれたのか、今ではいずれとも断言する事はできない。真正の音楽狂はワグネルの音楽をばオペラの舞台的装置を取除い・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫