・・・なぜかと言いますと、他の、例えばキス釣なんぞというのは立込みといって水の中へ入っていたり、あるいは脚榻釣といって高い脚榻を海の中へ立て、その上に上って釣るので、魚のお通りを待っているのですから、これを悪く言う者は乞食釣なんぞと言う位で、魚が・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・京都出来のものを朝鮮へ埋めて置いて、掘出させた顔で、チャンと釣るなぞというケレン商売も始まるのである。もし真に掘出しをする者があれば、それは無頼溌皮の徒でなければならぬ。またその掘出物を安く買って高く売り、その間に利を得る者があれば、それは・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・季節にもよるが、鰻を釣るので「珠数子釣り」というをやらかして居る。これは娯楽にやる人もあり、営業にやる人もある。珠数子釣りは鉤は無くて、餌を綰ねて輪を作る、それを鰻が呑み込んだのをたまで掬って捕るという仕方なのだ。面白くないということはない・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・高い天井からは炉の上に釣るした煤けた自在鍵がある。炉に焚く火はあかあかと燃えて、台所の障子にも柱にも映っている。いそいそと立ち働くお新が居る。下女が居る。養子も改まった顔付で奥座敷と台所の間を往ったり来たりしている。時々覗きに来る三吉も居る・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・更けて自分は袖の両方の角を摘んで、腕を斜に挙げて灯し火の前に釣るす。赤い袖の色に灯影が浸みわたって、真中に焔が曇るとき、自分はそぞろに千鳥の話の中へはいって、藤さんといっしょに活動写真のように動く。自分の芝居を自分で見るのである。始めから終・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰という作家も、このごろは軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。 人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか。もったいぶって・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・魚釣る人のすがたが、眼にとまった。「いっそ、一生、釣りでもして、阿呆みたいに暮そうかな。」「だめさ。魚の心が、わかりすぎて。」 ふたり、笑った。「たいてい、わかるだろう? 僕がサタンだということ。僕に愛された人は、みんな、だいな・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・そのほかにも、かれ、蚊帳吊るため部屋の四隅に打ちこまれてある三寸くぎ抜かばやと、もともと四尺八寸の小女、高所の釘と背のびしながらの悪戦苦闘、ちらと拝見したこともございました。 いま庭の草むしっている家人の姿を、われ籐椅子に寝ころんだまま・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・(河童を釣る話とかいう種類のものが多かった。一例として「えんこう」の話をとると、夕涼みに江ノ口川の橋の欄干に腰をかけているとこの怪物が水中から手を延ばして肛門を抜きに来る。そこで腰に鉄鍋を当てて待構えていて、腰に触る怪物の手首をつかまえてぎ・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ところが同じ巻の終わりに近く、同人が「このしろを釣る」という句を出してその次の自分の番に「水鶏の起こす寝ざめ」を持ち出している。これだけならば不思議はないのであるが、次の巻のいちばん初めのその人の句が「卵産む鶏」であって、その次が「干鰯俵の・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫