・・・と真面目な口調で言って、「僕は、親にさえ、こういう醜い顔を見せた事はないのですからね。」つんとして見せた。 佐伯は、すぐに笑いを鎮めて、熊本君のほうに歩み寄り、「読書かね?」と、からかうような口調で言い熊本君の傍にある机の、下を手さ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・毛皮は耳がつんと立って丁度小さな犬が蹲って居るように見える。太十はそれが酷く不憫に見えた。彼は愁然として毛皮を手に提げて見た。「おっつあん可哀想になったか」と二人はいった。「それじゃあとはおらが始末すっからな」 棒をそこへ投・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ それから棚から鉄の棒をおろして来て椅子へどっかり座って一ばんはじのあまがえるの緑色のあたまをこつんとたたきました。「おい。起きな。勘定を払うんだよ。さあ。」「キーイ、キーイ、クヮア、あ、痛い、誰だい。ひとの頭を撲るやつは。」・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 今日逢って何を云われるのか、自分に対してどんな考を持って居るか、 こんな事は、一向考えずと好い事なんだ、と云うようにのんきらしく棒のような足を二本つんと前に張ってコーモリを立てて日にてらされる右の方をかばいながら海を見て居る。 私・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・ 幸、性格的に自分は甘たるい、つんとした、そして弱い生活を嫌う傾向を持って生れた。その為に、素朴な、実質的な、草の如き単純さと同時の真に充実した生活を営むべきことと、営みたいことの希願だけは強くあった。 故に、Aとの結婚は自分を、人・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・人間が春と秋とをよろこぶ様に自分達には嬉しい冬が来るのに、たった一人ぽっつんと塀の中に、かこいの中に羽根をきられてこもって居ると云う事は身を切られるよりも辛く思われた。「このまんま飛び出してしまいたい」 男がもは稲妻の様に斯う思った・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫