・・・殊に森は留学時代に日本語廃止論を提唱したほど青木よりも一層徹底して、剛毅果断の気象に富んでいた。 青木は外国婦人を娶ったが、森は明治の初め海外留学の先駈をした日本婦人と結婚した。式を挙げるに福沢先生を証人に立てて外国風に契約を交換す結婚・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ジュリアン・バンダがフランス本国から近著した雑誌で、ヴァレリイ、ジイド等の大家を完膚なきまでに否定している一方、ジャン・ポール・サルトルがエグジスタンシアリスムを提唱し、最近巴里で機関誌「現代」を発行し、巻頭に実存主義文学論を発表している。・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・この十年間に、文学運動の上では、言文一致の提唱とその勝利があったが、そしてそれは、より直接的に社会生活を反映し得る手段を整えたものと云い得るのだが、作品に於ては、現実は歪曲され、愛国主義は鼓吹された。自然主義運動勃興以前の各既成作家の行きづ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ わたくしはこの忘れられた前の世の小唄を、雪のふる日には、必ず思出して低唱したいような心持になるのである。この歌詞には一語の無駄もない。その場の切迫した光景と、その時の綿々とした情緒とが、洗練された言語の巧妙なる用法によって、画より・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・上海その他へ出かけて、目下戦線ルポルタージュ専門の如き観を呈している林房雄氏が上述の提唱の首脳であったことは説明を要しない。文芸懇話会賞というものをその作「兄いもうと」に対しておくられた室生犀星氏は、自身の如く文学の砦にこもることを得たもの・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・正面から軍国主義の復活や侵略的な民族主義をたきつけることは出来ないから、民主主義者が提唱する人民的な民族主義に便乗して「日本を再建するために」云々と、民族自立の問題・主権在民の問題も――即ちポツダム宣言と新憲法の実質を左からぐるりと右へひと・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・智能と資本とを縦横に駆使して、イギリスの良品高価に対する良品廉価生産・高賃銀低コストを目ざす科学主義工業という呼び名が、これらの人々によって、資本主義工業の弱点を補強したものとして提唱されつつあるのである。 大河内氏の著書は、鶏小舎を改・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・それらの事情に加えて、文化の擁護、新しいヒューマニズムを提唱しはじめた人々自身が、その心理に、つよいプロレタリア文化・文学の運動忌避の要因をひそめていたから、一つ一つ、曲り角へ出るごとに、この運動には階級性がないこと、プロレタリア文化運動の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・歴史とともに前進する批判精神を失って沈滞した文化・文学の上に、さも何かの新しい発展的理論であるかのように精神総動員的な全体主義文化論が提唱されて来ていた。文学は、当時の軍人、官吏、実業家の中心問題をその中心課題とすべきだという「大人の文学論・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・一郎、江口渙その他の無産階級出身の小説家の作品が登場し、芸術理論の面では、平林初之輔、青野季吉、蔵原惟人等によってブルジョア文芸批評の主観的な印象批評に対して、文学作品のより客観的科学的な批評の必要が提唱されていた時代であった。また文学作品・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
出典:青空文庫