・・・人間関係を大切に思い評価しあう心が根源をなしている友情で、それが異性の間にある場合、私たちはそれぞれのひとの配偶としての同性に対して、友の生きかたを尊敬する意味において十分鄭重であるのが自然だと思う。同性の友情が、常にその友の対手である異性・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・選挙準備の期間を通じて、新聞が報じたのは、選挙に対する一般の気のりうす、低調ということであった。 ところが、いよいよ結果が検べられてみると、先ず棄権率が非常にすくなかったことがわかった。全国平均僅か二割七分七厘の棄権しかなかった。そして・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・この誤解は、その半面に、さっきもそれについて触れた些末的写実主義の潮流とより添って流れたために、当時作家達が所謂自由になってのびのびと書き始めた諸作品は、要するに低調な日常茶飯的身辺小説、主観的な私小説の域を遠く出ることが出来なかったのであ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・などと云う言葉は五つにならない位からやめて居るし、人が死ぬと云う事に対しても、勿論空想化されては居ても非常に或る丁重な感じと悲しみを感じ得る心になって居る。 そして世の中には死ぬと云う事が有るべきものと云う迷わない断定も持って居るので、・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 現代は一方に一種の精神主義がひろがっていて声高くものをいっているのであるが、その片面にこういう精神活動の低調さや、にぶりが目立つということは、日本の明日への文化のためにやすんじてよいことなのだろうか。 婦人たちがますます本を買って・・・ 宮本百合子 「婦人の読書」
・・・ これは……その、丁重に致しましたんで……」 或る日のことであった。主人やサーシャが店の裏の小室にいて、店に番頭が一人女客を対手にしていた時、番頭は赫ら顔のその女客の足にさわって、それを摘むように接吻した。「マア……」溜息をついて「・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・大名に対する将軍家の取扱いとしては、鄭重をきわめたものであった。島原征伐がこの年から三年前寛永十五年の春平定してからのち、江戸の邸に添地を賜わったり、鷹狩の鶴を下されたり、ふだん慇懃を尽くしていた将軍家のことであるから、このたびの大病を聞い・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・現に邸内にも祖先を祭った神社だけはあって、鄭重な祭をしている。ところが、その祖先の神霊が存在していると、自分は信じているだろうか。祭をする度に、祭るに在すが如くすと云う論語の句が頭に浮ぶ。しかしそれは祖先が存在していられるように思って、お祭・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ と、伯母は、ただ一寸雑巾で前を隠したまま、鄭重なお辞儀をしたきり、少しも悪びれた様子を示さなかった。またこの伯母は、主人がたまに帰って来てもがみがみ叱りつけてばかりいた。主人の僧侶は、どんな手ひどいことを伯母から云われても、表情を怒ら・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫