・・・私はどんなに戦争のお金を出したいと思ってるか分りません。しかし、私のうちにはお金は一銭も無いんです。お父さんはモウ六ヵ月も仕事がなくて、姉も妹もロクロクごはんがたべられなくて、だんだん首がほそくなって、泣いてばかりいます。私が学校から帰えっ・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・無くてさえ売ろうという今の世の中に、有っても隠して持ってるなんて、そんな君のような人があるものか。では斯うするさ――僕が今、君に尺八を買うだけの金を上げるから粗末な竹でも何でもいい、一本手に入れて、それを吹いて、それから旅をする、ということ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・自分はまごついて冠を解き捨てる。 婦人は微笑みながら、「まあ、この間から毎日毎日お待ち申していたんですよ」という。「こんな不自由な島ですから、ああはおっしゃってもとうとお出でくださらないのかもしれないと申しまして、しまいにはみん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・それを見るとおかあさんは天国を胸に抱いてるように思いました。 ふと子どもは目をさまして水を求めました。 おかあさんはだまっているほかありませんでした。 子どもは泣きだして、「お家に帰りましょう」 と申します。「あのお・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・姉さん知ってるかい? 知らねえだろう。おふくろにも内緒で、こっそり夜学へかよっているんだ。偉くならなければ、いけないからな。姉さん、何がおかしいんだ。何を、そんなに笑うんだ。こう、姉さん。おらあな、いまに出征するんだ。そのときは、おどろくな・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・光は暗黒に照る。而して暗黒は之を悟らざりき。云々。」私はこの文章を、この想念を、難解だと思った。ほうぼうへ持って廻ってさわぎたてたのである。 けれども、あるときふっと角度をかえて考えてみたら、なんだ、これはまことに平凡なことを述べている・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 「まだやってるんだろう。煙台で聞いたが、敵は遼陽の一里手前で一支えしているそうだ。なんでも首山堡とか言った」 「後備がたくさん行くナ」 「兵が足りんのだ。敵の防禦陣地はすばらしいものだそうだ」 「大きな戦争になりそうだナ」・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・にも似てるし、hをbに変えると「べらぼう」のほうに近づく。すると結局「わらふ」と「べらぼう」も従兄弟だか再従兄弟だかわからなくなるところに興味がある。ついでに (Skt.)ullasit が「うれしい」で (L.)jocus が「茶化す」に・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ 近ごろボルンが新しい統計的物理学の基礎を論じた中に、ウィルヘルム・テルがむすこの頭上のりんごを射落とす話を引き合いにだした。昔の物理学者らが一名を電子と称するテルの矢のねらいは熟練と注意とによって無限に精確になりうると考えたに反して、・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・ 近ごろボルンが新しい統計的物理学の基礎を論じた中に、ウィルヘルム・テルがむすこの頭上のりんごを射落とす話を引き合いにだした。昔の物理学者らが一名を電子と称するテルの矢のねらいは熟練と注意とによって無限に精確になりうると考えたに反して、・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
出典:青空文庫