・・・「裾が引き摺ッてるじゃアありませんか。しようがないことね」「いいじゃアないか。引き摺ッてりゃ、どうしたと言うんだよ。お前さんに調えてもらやアしまいし、かまッておくれでない」「さようさね。花魁をお世話申したことはありませんからね」・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・分からもっていた思想の傾向――維新の志士肌ともいうべき傾向が、頭を擡げ出して来て、即ち、慷慨憂国というような輿論と、私のそんな思想とがぶつかり合って、其の結果、将来日本の深憂大患となるのはロシアに極ってる。こいつ今の間にどうにか禦いで置かな・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 坂を下りて提灯が見えなくなると熊手持って帰る人が頻りに目につくから、どんな奴が熊手なんか買うか試に人相を鑑定してやろうと思うて居ると、向うから馬鹿に大きな熊手をさしあげて威張ってる奴がやって来た。職人であろうか、しかし善く分らぬ。月が・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・観魚亭夕風や水青鷺の脛を打つ四五人に月落ちかゝる踊かな日は斜関屋の槍に蜻蛉かな柳散り清水涸れ石ところ/″\かひがねや穂蓼の上を塩車鍋提げて淀の小橋を雪の人てら/\と石に日の照る枯野かなむさゝびの小鳥喰み居る枯・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・坂、坂は照る照る鈴、鈴鹿は曇る、あいのあいの土山雨がふる、ヨーヨーと来るだろう。向うの山へ千松がと来るだろう。そんなのはないよ。五十四郡の思案の臍と来るよ。思案の臍とはどんな臍だろう。コイツは可笑しい、ハハハハハ痛い痛い痛い横腹の痛みをしゃ・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・それは県の規則が全級の三分の一以上参加するようになってるからだそうだ。けれども学校へ十九円納めるのだしあと五円もかかるそうだから。きっと行けると思う人はと云ったら内藤君や四人だけ手をあげた。みんな町の人たちだ。うちではやってくれるだろうか。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 日が強く照るときは岩は乾いてまっ白に見え、たて横に走ったひび割れもあり、大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちましたし、全くもうイギリスあたりの白堊の海岸を歩いているような気がするのでした。 町の小学校でも・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・日がかんかんどこか一とこに照る時か、また僕たちが上と下と反対にかける時ぶっつかってしまうことがあるんだ。そんな時とまあふたいろにきまっているねえ。あんまり大きなやつは、僕よく知らないんだ。南の方の海から起って、だんだんこっちにやってくる時、・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・雲がきれて陽が照るしもう雨は大丈夫だ。さっきも一遍云ったのだがもう一度あの禿の所の平べったい松を説明しようかな。平ったくて黒い。影も落ちている。どこかであんなコロタイプを見た。及川やなんか知ってるんだ。よすかな。いいや。やろう。〔さ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 七十と七十六になった老婆は、暫く黙って、秋日に照る松叢を見ていた。 沢や婆が帰る時、植村の婆さんは、五十銭やった。「其辺さ俺も出て見べ」 二人は並んで半町ばかり歩いた。〔一九二六年六月〕・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
出典:青空文庫