・・・――仏説に転生輪廻と云う事がある。だから貉の魂も、もとは人間の魂だったかも知れない。もしそうだとすれば、人間のする事は、貉もする。月夜に歌を唄うくらいな事は、別に不思議でない。…… それ以来、この村では、貉の唄を聞いたと云う者が、何人も・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・あるいはゴオギャンの転生である。今にきっとシャヴルの代りに画筆を握るのに相違ない。そのまた挙句に気違いの友だちに後ろからピストルを射かけられるのである。可哀そうだが、どうも仕方がない。 保吉はとうとう小径伝いに玄関の前の広場へ出た。そこ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・あたかもその距離の前途の右側に、真赤な人のなりがふらふらと立揚った。天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の姨見舞か、酌婦の道行振を瞳に描かるるであろう。いや、いや、そうでない。 そこに、就・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・少なくともそれはニイチェのいうような、一層高いものに、転生するための恋愛の没落なのだ。そこには恋愛のような甘く酔わせるものはないが、もっと深いかみしめらるべき、しみじみとした慈味があるのだ。円満な、理想的な夫婦は増鏡にたとえ、松の緑にたとえ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ここの町よりただ荒川一条を隔てたる鉢形村といえるは、むかしの鉢形の城のありたるところにて、城は天正の頃、北条氏政の弟安房守氏邦の守りたるところなれば、このあたりはその頃より繁昌したりと見ゆ。 寄居を出離れて行くこと少時にして、水の流るる・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・生霊、死霊、のろい、陰陽師の術、巫覡の言、方位、祈祷、物の怪、転生、邪魅、因果、怪異、動物の超常力、何でも彼でも低頭してこれを信じ、これを畏れ、あるいはこれに頼り、あるいはこれを利用していたのである。源氏以外の文学及びまた更に下っての今昔、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・後に至って、天正の頃呂宋に往来して呂宋助左衛門と云われ、巨富を擁して、美邸を造り、其死後に大安寺となしたる者の如きも亦是れ納屋衆であった。永禄年中三好家の堺を領せる時は、三十六人衆と称し、能登屋臙脂屋が其首であった。信長に至っては自家集権を・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・くりくり坊主の桃川如燕が張り扇で元亀天正の武将の勇姿をたたき出している間に、手ぬぐい浴衣に三尺帯の遊び人が肱枕で寝そべって、小さな桶形の容器の中から鮓をつまんでいたりした。西裏通りへんの別の寄席へも行った。伊藤痴遊であったかと思う、若いのに・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・いくら米国でもこの天象を禁止し排斥する事は出来ないので、その予報の手がかりを研究しているのである。 我邦におけるこれらの現象の記録は極めて少数であるらしい。しかし現象の性質上から通例狭い区域に短時間だけしか降らないものだとすれば、降るに・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・窓際の硝子蓋の裡に天正十五年の禁教令出島和蘭屋敷の絵巻物、対支貿易に使用された信牌、航海図、切支丹ころびに関する書類、有名なフェートン号の航海日誌、ミッション・プレス等。左の硝子箱に、シーボルト着用の金モウル附礼服が一着飾ってある。小さい陶・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫