・・・日蔭はどこだって朝から暗うございまする、どうせあんな萌の糸瓜のような大きな鼻の生えます処でございますもの、うっかり入ろうものなら、蚯蚓の天上するのに出ッくわして、目をまわしませんければなりますまいではございませんか。」と、何か激したことのあ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 幸に家族の者が逃げる時に消し忘れたものらしく、ランプが点して釣り下げてあった。天井高く釣下げたランプの尻にほとんど水がついておった。床の上に昇って水は乳まであった。醤油樽、炭俵、下駄箱、上げ板、薪、雑多な木屑等有ると有るものが浮いてい・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、燃木が四、五本もくべてあって、天井から雁木で釣るした鉄瓶がぐらぐら煮え立っていた。「どうも、毎度、子供がお世話になって」と、炉を隔てて僕と相対したお貞婆さんが改まって挨拶をした。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 愉快な問題にも、不愉快な疑問にも、僕は僕そッくりがひッたり当て填る気がして、天上の果てから地の底まで、明暗を通じて僕の神経が流動瀰漫しているようだ。すること、なすことが夢か、まぼろしのように軽くはかどった。そのくせ、得たところと言って・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 電車の停留場に向かって、歩く途中で、ふと天上の一つの星を見て、こういいました。その星は、いつも、こんなに、青く光っていたのであろうか。それとも、今夜は、特にさえて見えるのだろうか。 彼女は、無意識のうちに、「私の生まれた、北国では・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・けれど、また町の人家の店頭に巣を造って日が暮れるころになると、みんな家の中の天井の巣の中に入って休みます。そして、夜が明けると外に出て、空や往来の上をひらひらと飛びまわってないているのでありました。 太郎は、ほかの家には、つばめが巣を造・・・ 小川未明 「つばめの話」
・・・ほかのお星さまのように、遠く、高く、地から離れて、天上界に住むことができないのであります。毎夜、森や、林や、野の上近くさまよって、このお星さまは、なにか探ねています。それは、死んだ姉が、なお、弟のかわいがっていた鳥を探しているのであります。・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・ 見るともなく見ると、昨夜想像したよりもいっそうあたりは穢ない。天井も張らぬ露きだしの屋根裏は真黒に燻ぶって、煤だか虫蔓だか、今にも落ちそうになって垂下っている。四方の壁は古新聞で貼って、それが煤けて茶色になった。日光の射すのは往来に向・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・障子の桟にはべたッと埃がへばりつき、天井には蜘蛛の巣がいくつも、押入れには汚れ物がいっぱいあった。……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家の中を任せていたのだが、選りによって婆さんは腰が曲り、耳も遠かった。「このたびはえらい御不・・・ 織田作之助 「雨」
・・・明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬという・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫