・・・古い車台を天井にして、大きい導管二つを左右の壁にした穴である。 雪を振り落してから、一本腕はぼろぼろになった上着と、だぶだぶして体に合わない胴着との控鈕をはずした。その下には襦袢の代りに、よごれたトリコオのジャケツを着込んでいる。控鈕を・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・しかしまだ小舟はなくならんので、ふわふわと浮いて居る様が見える。天上の舟の如しという趣がある。けれども天上の舟というような理想的の形容は写実には禁物だから外の事を考えたがとかくその感じが離れぬ。やがて「酒載せてただよふ舟の月見かな」と出来た・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・血を咯く事よりもこの天井の低い事が一番いやであった。この船には医者は一人居たがコレラの薬の外に薬はないそうだ。固より病人の手あてなどしてくれる船ではないから、時々カクシの薬を引き出しては独り呑んで見るけれど、血はやはりとまらぬ。もっとも着物・・・ 正岡子規 「病」
・・・そこで何だか今まで頭をぶっつけた低い天井裏が無くなったような気もするけれどもまた支柱をみんな取ってしまった桜の木のような気もする。今日の実習にはそれをやった。去年の九月古い競馬場のまわりから掘って来て植えておいたのだ。今ごろ支柱を取るのはま・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星になったと思います。なぜなら変光星はあるときは黒くて天文台からも見えず、あるときは蟻が言ったように赤く光って見えるからです。・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・玉はお日さまの光を受けて、まるで天上に昇って行きそうに美しく燃えました。 お父さんは玉をホモイに渡してだまってしまいました。ホモイも玉を見ていつか涙を忘れてしまいました。 * 次の日ホモイはまた野原に出ました。 ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ かしわの木は両手をあげてそりかえったり、頭や足をまるで天上に投げあげるようにしたり、一生けん命踊りました。それにあわせてふくろうどもは、さっさっと銀いろのはねを、ひらいたりとじたりしました。じつにそれがうまく合ったのでした。月の光は真・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」「何・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そのシャンデリアの重く光る切子硝子の房の間へ、婚礼の白いヴェイルを裾長くひいた女の後姿が朦朧と消えこむのを、その天井の下の寝台で凝っと暗鬱な眼差しをこらして見つめている女がある。順をおいてみて行ったら、それが母の再婚に苦しむ娘イレーネの顔で・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ かけて――学生のくせに、と椅子の不足しているとき兄を睨む気軽さ愛らしさは、そのものとして天上的に邪気がなくても、今日の空気の何かを学生には感じさせるのではないだろうか。ちょいと気のつよい兄さんは、その妹に向ってこんなしっぺいがえしもするの・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
出典:青空文庫