・・・ ペリカンのひながよちよち歩いては転倒する光景は滑稽でもあり可憐でもある。鳥でも獣でも人間でも子供にはやはり子供らしい共通の動作のあることが、いつもこの種類の映画で観察される。たよりない幼いものに対する愛憐の情の源泉がやはり本能的なもの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・その証拠には、街頭を歩いているラッパズボンのボーイらが店頭からもれ出るジャズレコードの音を聞けば必ず安物の器械人形のように踊りだす。それだからこれは野蛮民の戦争踊りが野蛮民に訴えると同じ意味において最高の芸術でなければならないのである。これ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・でも、これだけの程度にでもちゃんとしたものがわが国の本屋の店頭にあるかどうか、もし見つかったかたがあったらどうかごめんどうでもちょっとお知らせを願いたい。 ついでながら見本としてこの絵本の第一ページの文句だけを紹介する。発音は自己流でい・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・衣服の左前なくらいはいいとしても、また髪の毛のなでつけ方や黒子の位置が逆になっているくらいはどうでもなるとしても、もっと微細な、しかし重要な目の非対称や鼻の曲がりやそれを一々左右顛倒して考えるという事は非常に困難な事である。要するに一面の鏡・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・昼間見た光景がまさしく主客顛倒したのである。しかしこの昼と夜との二つの光景を見る順序が逆であったら、心持ちはまたおのずからちがったことであろう。批判はやはり「履歴の函数」である。 こんなことを思い出しながら俳優I氏の鼻や耳をながめていた・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 六 司馬江漢の随筆というのを古本屋の店頭で見つけたので、買って来て読んでみた。こういう書物は縁のない方であるが、何か理化学方面に関する掘出物でもあるかと思ったからである。 春信の贋物をかいたという事で評・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ このようにして生じた時間の前後の転倒は、われわれの記憶として保存されている間にその間隔を延長するのが通例であある。その結果として後日私がこの経験を人に話す場合に「煉瓦が砕けるだろうと思って見ていたら、果して砕けた」と云ってしまう恐れが・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・ 戦争中にも銀座千疋屋の店頭には時節に従って花のある盆栽が並べられた。また年末には夜店に梅の鉢物が並べられ、市中諸処の縁日にも必ず植木屋が出ていた。これを見て或人はわたしの説を駁して、現代の人が祖国の花木に対して冷淡になっているはずはな・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 二三年前初夏の一日、神田五軒町通の一古書肆の店頭を過ぎて、偶然高橋松莚、池田大伍の二君に邂逅した。わたくしは行先の当てもなく漫然散策していた途上であった。二君はこの日午前より劇場に在って演劇の稽古の思いの外早く終ったところから、相携え・・・ 永井荷風 「百花園」
一月二十七日の読売新聞で日高未徹君は、余の国民記者に話した、コンラッドの小説は自然に重きをおき過ぎるの結果主客顛倒の傾があると云う所見を非難せられた。 日高君の説によると、コンラッドは背景として自然を用いたのではない、・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
出典:青空文庫