・・・当時の欧化熱の急先鋒たる公伊藤、侯井上はその頃マダ壮齢の男盛りだったから、啻だ国家のための政策ばかりでもなくて、男女の因襲の垣を撤した欧俗社交がテンと面白くて堪らなかったのだろう。搗てて加えて渠らは貴族という条、マダ出来立ての成上りであった・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・この まま すすめば 二てんの さで、こちらの まけと なります。九かいの うら、やっと 二死まんるいに こぎつけました。ここで ヒットが 一つ でれば、どうてんと なるのです。「だれを だそうか。」と、東校の せんしゅたちは そう・・・ 小川未明 「はつゆめ」
・・・どうも、そやないか思てましてん。なんや、戸がたがた言わしたはりましたな。ぼく隣りの部屋にいまんねん。退屈でっしゃろ。ちと遊びに来とくなはれ」 してみると、昨夜の咳ばらいはこの男だったのかと、私はにわかに居たたまれぬ気がして、早々に湯を出・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ その夜、近くの大西質店の主人が大きな風呂敷を持ってやってき、おくやみを述べたあと、「じつは先達てお君はんの嫁入りの時、支度の費用やいうて、金助はんにお金を御融通しましてん。そのとき預ったのが利子もはいってまへんので、もう流れてまん・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「おのれこそ、婚礼の晩にテンカンを起して、顔に草鞋をのせて、泡を吹きよるわい」「おのれの姉は、元日に気が触れて、井戸の中で行水しよるわい」「おのれの女房は、眼っかちの子を生みよるわい」 などと、何れも浅ましく口拍子よかった中・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・二度も書いてくれはりましたさかい、頑張らないかん思て、戦争が終ってすぐ建築に掛って、やっと去年の暮れここイ帰って来ましてん。うちがこの辺で一番はよ帰って来たんでっせ」 と、嬉しそうだった。お内儀さんもいて、「雑誌に参ちゃん、参ちゃんて書・・・ 織田作之助 「神経」
・・・小説のタネをあげてましてん。十銭芸者の話……」とマダムが言いかけると、「ほう? 今宮の十銭芸者か」と海老原は知っていて、わざと私の顔は見ずに、「――オダサク好みだね。併し君もこういう話ばっかし書いているから……」「発売禁止になる・・・ 織田作之助 「世相」
・・・――君もこの信玄袋を背負って帰るんだから、まあ幸福者だろうてんでね、ハハハ」 惣治にはおかしくもなかった。相変らずあんなことばかし言って、ふわふわしているのだろうという気がされて、袋から眼を反らした。その富貴長命という字が模様のように織・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ またこうも思った、見る見ないは別問題だ、てんであんな音が耳に入るようでそれが気になるようでそのために気をもむようではだめなんだ。もし真にわが一心をこの画幅とこの自然とに打ち込むなら大砲の音だって聞こえないだろうと。そこで画板にかじりつ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 女星は早くも詩人が庭より立ち上る煙を見つけ、今宵はことのほか寒く、天の河にも霜降りたれば、かの煙たつ庭に下りて、たき火かきたてて語りてんというに、男星ほほえみつ、相抱きて煙たどりて音もなく庭に下りぬ。女星の額の玉は紅の光を射、男星のは・・・ 国木田独歩 「星」
出典:青空文庫