・・・それが洋一の姿を見ると、電柱に片手をかけながら、器用に彼の側へ自転車を止めた。そうしてペダルに足をかけたまま、「今田村さんから電話がかかって来ました。」と云った。「何か用だったかい?」 洋一はそう云う間でも、絶えず賑な大通りへ眼・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・――牧野はそう疑いながら、しばらくは橋づめの電柱の蔭に、妾の容子を窺っていた。が、お蓮は不相変、ぼんやりそこに佇んだまま、植木の並んだのを眺めている。そこで牧野は相手の後へ、忍び足にそっと近よって見た。するとお蓮は嬉しそうに、何度もこう云う・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・が、彼自身が見せびらかさないまでも、殿中の注意は、明かに、その煙管に集注されている観があった。そうして、その集注されていると云う事を意識するのが斉広にとっては、かなり愉快な感じを与えた。――現に彼には、同席の大名に、あまりお煙管が見事だから・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・塵埃りにまみれた飾り窓と広告の剥げた電柱と、――市と云う名前はついていても、都会らしい色彩はどこにも見えない。殊に大きいギャントリイ・クレエンの瓦屋根の空に横わっていたり、そのまた空に黒い煙や白い蒸気の立っていたりするのは戦慄に価する凄じさ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 白はため息を洩らしたまま、しばらくはただ電柱の下にぼんやり空を眺めていました。三 お嬢さんや坊ちゃんに逐い出された白は東京中をうろうろ歩きました。しかしどこへどうしても、忘れることの出来ないのはまっ黒になった姿のことで・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・彼も万一修理が殿中で無礼を働きはしないかと云う事を、惧れない訳ではない。が、林右衛門は、それを「家」に関る大事として、惧れた。併し、彼は、それを「主」に関る大事として惧れたのである。 勿論、「家」と云う事も、彼の念頭には上っていた。が、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・が、立ち木や電柱は光の乏しいのにも関らず、不思議にもはっきり浮き上っていた。わたしは土手伝いに歩きながら、おお声に叫びたい誘惑を感じた。しかし勿論そんな誘惑は抑えなければならないのに違いなかった。わたしはちょうど頭だけ歩いているように感じな・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・中でも音頭取が、電柱の頂辺に一羽留って、チイと鳴く。これを合図に、一斉にチイと鳴出す。――塀と枇杷の樹の間に当って。で御飯をくれろと、催促をするのである。 私が即ち取次いで、「催促てるよ、催促てるよ。」「せわしないのね。……煩い・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・二人はそこの電柱の下につくばって話した。 警官――横井と彼とは十年程前神田の受験準備の学校で知り合ったのであった。横井はその時分医学専門の入学準備をしていたのだが、その時分下宿へ怪しげな女なぞ引張り込んだりしていたが、それから間もなく警・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・崖の路は暗くてただ一つ電柱についている燈がそのありかを示しているに過ぎなかった。そこを眺めながら、彼は今夜カフェで話し合った青年のことを思い出していた。自分が何度誘ってもそこへ行こうとは言わなかったことや、それから自分が執こく紙と鉛筆で崖路・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫