・・・暗らくなった谷を距てて少し此方よりも高い位の平地に、忘れたように間をおいてともされた市街地のかすかな灯影は、人気のない所よりもかえって自然を淋しく見せた。彼れはその灯を見るともう一種のおびえを覚えた。人の気配をかぎつけると彼れは何んとか身づ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ただ、内へ帰るのを待兼ねて、大通りの露店の灯影に、歩行きながら、ちらちらと見た、絵と、かながきの処は、――ここで小母さんの話した、――後のでない、前の巳巳巳の話であった。 私は今でも、不思議に思う。そして面影も、姿も、川も、たそがれ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・――この蝶が、境内を切って、ひらひらと、石段口の常夜燈にひたりと附くと、羽に点れたように灯影が映る時、八十年にも近かろう、皺びた翁の、彫刻また絵画の面より、頬のやや円いのが、萎々とした禰宜いでたちで、蚊脛を絞り、鹿革の古ぼけた大きな燧打袋を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・人生自然の零細な断片的な投影に過ぎないものでも、それはわれ/\の注意力如何によって極めて微妙な思想へまで導いてゆくものである。 読むことから、そして見ることから、われ/\の随時に獲たあるものに対して、統一を与え組織を与えるものは、実に思・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・翳ってしまった低地には、彼の棲んでいる家の投影さえ没してしまっている。それを見ると堯の心には墨汁のような悔恨やいらだたしさが拡がってゆくのだった。日向はわずかに低地を距てた、灰色の洋風の木造家屋に駐っていて、その時刻、それはなにか悲しげに、・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・だから、そこへは、同じ現実でありながら、全然反対なものが投影している。一方には、従順に、勇敢に、献身的に、一色に塗りつぶされた武者人形。一方には、自意識と神経と血のかよった生きた人間。 勿論、「将軍」に最も正しく現実が伝えられているか否・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・赤い袖の色に灯影が浸みわたって、真中に焔が曇るとき、自分はそぞろに千鳥の話の中へはいって、藤さんといっしょに活動写真のように動く。自分の芝居を自分で見るのである。始めから終りまで千鳥の話を詳しく見てしまうまでは、翳す両手のくたぶれるのも知ら・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・これは、言うまでもなく、三次の空間が二次の平面に投影されている。三次元の実体は二つ同時に同一空間を占める事はできないが、平面は何枚重ねても平面であるから、映画の写像はいくつでも重ね写しができる。オーヴァーラップの技巧はこの点を利用したものに・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・そういう記憶の断片がはたしてほんとうにあったことなのか、それとも、いつかずっと後年になってから見た一夜の夢の映像の記憶を過去に投影したものだか、記憶の現実性がきわめて頼み少ないものになって来るのである。 自分の幼時のそういう夢のような記・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・少なくも画家の頭脳の中にしまってある取って置きの粉本をそのまま紙布の上に投影してその上を機械的に筆で塗って行ったものとしか思われなかった。ペンキ屋が看板の文字を書くようにそれはどこから筆を起してどういう方向に運んで行っても没交渉なもののよう・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫