・・・「そうですとも、私の方の問題は役者になればいいので、吉弥さんがその青木という人と以後も関係があろうと、なかろうと、それは問うところはないのです」と、僕の言葉は、まだ金の問題には接近していなかっただけに、うわべだけは、とにかく、綺麗なもの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳の伝統を破った飄逸な画を鑑賞するものは先ずこの旧棲を訪うて、画房や前栽に漾う一種異様な蕭散の気分に浸らなければその画を身読する事は出来ないが、今ではバラックの仮住居で、故人を偲ぶ旧観の片影をだも認められない。 寒月の名は西鶴の発見者・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・忌々しくてならないので、帰ると直ぐ「鴎外を訪うて会わず」という短文を書いて、その頃在籍していた国民新聞社へ宛ててポストへ入れに運動かたがた自分で持って出掛けた。で、直ぐ近所のポストへ投り込んでからソコラを散歩してかれこれ三十分ばかりして帰る・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これを抵当に取った債権者というは岳父であったそうだ。 これも或る時、ドウいう咄の連続であったか忘れたが、例の通り清貧咄をして「黒くとも米の飯を食し、綿布でも綿の入っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・したがってホントウに通して読んだのは十二、三歳からだろうがそれより以前から拾い読みにポツポツ読んでいた。十四歳から十七、八歳までの貸本屋学問に最も夢中であった頃には少なくも三遍位は通して読んだので、その頃は『八犬伝』のドコかが三冊や四冊は欠・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が解らんものだ、一つ何処かイイ処へ案内しようじゃないか、」と能く云い云いした。 二葉亭のお父さんは尾州藩だったが、長い間の江戸詰で江戸の御家人化し・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・すると間もなく二葉亭は博士を訪うて、果して私が憶測した通りな心持を打明けて相談したので、「内田君も今来て君の心持は多分そうであろうと話した」と、坪内博士が一と言いうと直ぐ一転して「そんな事も考えたが実は猶だ決定したのではない」と打消し、そこ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・多分そのせいで、女学生の方が何か言ったり、問うて見たりしたいのを堪えているかと思われる。 遠くに見えていた白樺の白けた森が、次第にゆるゆると近づいて来る。手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・と、その青年は、問うたのであります。いつか、約束にもらった指輪は、いまはかえって、邪魔となったのでした。彼女は、顔を赤くして、指輪をぬくと、海の中へ投げてしまいました。「これで、いいのですか。」 かれらは朗らかに笑いました。内気の娘・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・お母さんは、とうから気がついていました。」 これをきくと、太郎さんは、昨日ばかりでないのかと思いました。「なぜ、とっていけないのですか。」と、二郎さんがたずねました。「あのちょうは、お母さんですから。」と、お母さんがいわれたので・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
出典:青空文庫