夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。 それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・シンゲンはなんでもトウケイ四十二度二分ナンイ……。」「エヘン、エヘン。」 クねずみはまたどなりました。 タねずみはまた面くらいましたが、さっきほどではありませんでした。 クねずみはやっと気を直して言いました。「天気もよく・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・「偽を云うとそれも罪に問うぞ。」「いいえ。そのときは二十日の月も出ていましたし野原はつめくさのあかりでいっぱいでした。」「そんなことが証拠になるか。そんなことまでおれたちは書いていられんのだ。」「偽だとお考えになるならどこな・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 責任を問うという意味での警告であるならば、おのずから区別の過程をふまえなければならないだろう。 由紀子の背中の赤子は、何故圧死しなければならなかったか。ただ一つの「何故」ではあるが、この一語こそ、戦争犯罪的権力に向って、七千万人民・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ 十二月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より〕 ペンさんがヘントウ腺をはらしたというので来ず、うちは泰子さわぎて眠らない人ばかり。私は手紙が書きたくて気がもてず、二階へ来て、こんなかきかたをして見ます。柔かい5Bでこう・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その蜘蛛は藁しべに引かかったテントウ虫のように、胴ばかり赤と黒との縞模様だ。〔一九二五年十月〕 宮本百合子 「この夏」
・・・十二時頃 tea Room でポタージュをたべ トウストをたべる。ヴィンナ、トウストマダムという女 朱 赤と薄クリームの肩ぬき的な洋装、小柄二十四五位 夕方五時すぎ。電車道のところを見るとさほどでもないが濠の側を見ると、・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・美男の良人につかまって数番の初等トウダンスと両脚を床の上で一直線に展くことをおそわった時 ターニャ・イワノヴナは自分の姙娠したことを知った。踊りての良人は不機嫌に「僕あ赤坊なんぞいらないよ」と云った。ターニャ・イワノヴナは 人工流産・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・ その翌日あたりから、朝鮮人が来ると云う噂が立ち、センセンキョーキョー、地震のとき、春江ちゃんの行って居たサイトウさんのところでは、奥さんが死なれその良人、子供二人、姉妹たち、皆一緒に居る。一日に玄米二合ぎり、国男空腹に堪えず。そっと咲・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫