・・・――純白な紙、やさしい点線のケイの中に何を書かせようと希うのか深みゆく思い、快よき智の膨張私は 新らしい仕事にかかる前愉しい 心ときめく醗酵の時にある。一旦 心の扉が開いたら此上に私の創る世界が湧上ろ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・ 心のときめくかくれ場所はもう一ところあった。それは本校のその建物の真裏で、となりの聖堂の土塀に近いところに、一つづきの小高い樫の茂った丘があった。一年生として入学した年の夏、その丘の下いっぱいが色とりどりの罌粟の花盛りで、美しさに恍惚・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・カラ ああ、私の冷かな鉛の乳房も激しい期待でときめくようだ。この身にしみる叫喚の快い響、何処となく五官を爽かにする死霊の前ぶれ。――おや、あの木立もない広っぱに、大分かたまって蠢いていますね。ミーダ 目に止まらずに恐ろしいのは俺の力・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・身ぶりの端々にときめく心を目ざまされている。それでいて、日常の現実の間では、誰も彼もがヨーロッパ風の躾をもった青年を自身のまわりに持っているのではないから、一旦、将に生きて体臭をはなって、映画の中にあるように自動車ののり降りに軽く肱を支えて・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
出典:青空文庫