・・・ 印度人の婆さんは、得意そうに胸を反らせました。「私の占いは五十年来、一度も外れたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね」 亜米利加人が帰ってしまうと、婆さんは次の間の戸口へ行って、「・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・その僕の感想文というのは、階級意識の確在を肯定し、その意識が単に相異なった二階級間の反目的意識に止まらず、かかる傾向を生じた根柢に、各階級に特異な動向が働いているのを認め、そしてその動向は永年にわたる生活と習慣とが馴致したもので、両階級の間・・・ 有島武郎 「片信」
・・・これは確かに北海道の住民の特異な気質となって現われているようだ。若しあすこの土地に人為上にもっと自由が許されていたならば、北海道の移住民は日本人という在来の典型に或る新しい寄与をしていたかも知れない。欧洲文明に於けるスカンディナヴィヤのよう・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・もし母が昔の女の道徳に囚れないで、真の性質のままで進んでいったならば、必ず特異な性格となって世の中に現われたろうと思う。 母の芸術上の趣味は、自分でも短歌を作るくらいのことはするほどで、かなり豊かにもっている。今でも時々やっているが、若・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話した、死刑の立会をするという、自慢の得意の情がまた萌す。なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・、近代人の資格は神経の鋭敏という事であると速了して、あたかも入学試験の及第者が喜び勇んで及第者の群に投ずるような気持で、その不健全を恃み、かつ誇り、更に、その不健全な状態を昂進すべき色々の手段を採って得意になるとしたら、どうであろう。その結・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ この池を独り占め、得意の体で、目も耳もない所為か、熟と視める人の顔の映った上を、ふい、と勝手に泳いで通る、通る、と引き返してまた横切る。 それがまた思うばかりではなかった。実際、其処に踞んだ、胸の幅、唯、一尺ばかりの間を、故とらし・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ いつかのお手紙にもあった、「君は近ごろ得意に小説を書いてるな、もう歌には飽きがきたのか」というような意味のことが書いてあった。何ごともこのとおりだ、ちょっとしたことにもすぐ君と僕との相違は出てくる。 君が歌を作り文を作るのは、君自・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・かれは、吉弥との関係上初めは井筒屋のお得意であったが、借金が嵩んで敷居が高くなるに従って、かのうなぎ屋の常客となった。しかしそこのおかみさんが吉弥を田島に取り持ったことが分ってから、また里見亭に転じたのだ。そこでしくじったら、また、もう少し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳は芳崖や雅邦と争うほどな巨腕ではなかったが、世間を茶にして描き擲った大津絵風の得意の泥画は「俺の画は死ねば値が出る」と生前豪語していた通りに十四、五年来著るしく随喜者を増し、書捨ての断片をさえ高価を懸けて争うようにもてはやされて来た。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫