・・・この小房の縁に踞して前栽に対する時は誰でも一種特異の気分が湧く。就中椿岳が常住起居した四畳半の壁に嵌込んだ化粧窓は蛙股の古材を両断して合掌に組合わしたのを外框とした火燈型で、木目を洗出された時代の錆のある板扉の中央に取附けた鎌倉時代の鉄の鰕・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、信吉は得意になって、「僕の拾った勾玉や、土器が、学問のうえに役立つというんだよ。」「まあ……。」「そして、みっちゃん、その博士が、お礼にきれいなお人形を送ってくださる約束をしたんだよ。みっちゃん、楽しみにして、待っておいで。・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・けれど、それが自分達のものとなるには、それに伴う特異性のあることも考えなければならない。そうした認識と批判とを没しさせる、最大な原因は、今日の資本主義に基点を置く、ヂャナリズムの然らしめることです。この悪い風潮は黙々として、自己の生産に従事・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・元は佃島の者で、ここへ引っ越して来てからまだ二年ばかりにもならぬのであるが、近ごろメッキリ得意も附いて、近辺の大店向きやお屋敷方へも手広く出入りをするので、町内の同業者からはとんだ商売敵にされて、何のあいつが吉新なものか、煮ても焼いても食え・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・炊事、縫物、借金取の断り、その他写本を得意先に届ける役目もした。若い見習弟子がひとりいたけれど、薄ぼんやりで役にもたたず、邪魔になるというより、むしろ哀れだった。 お君が上本町九丁目の軽部の下宿先へ写本を届けに行くと、二十八の軽部は・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・「そこだよ、君に何処か知ら脱けてる――と云っては失敬だがね、それは君は自分に得意を感じて居る人間が、惨めな相手の一寸したことに対しても持ちたがる憤慨や暴慢というものがどんな程度のものだかということを了解していないからなんだよ。それに一体・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・画と数学となら、憚りながら誰でも来いなんて、自分も大に得意がっていたのである。しかし得意ということは多少競争を意味する。自分の画の好きなことは全く天性といっても可かろう、自分を独で置けば画ばかり書いていたものだ。 独で画を書いているとい・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・日光とか碓氷とか、天下の名所はともかく、武蔵野のような広い平原の林が隈なく染まって、日の西に傾くとともに一面の火花を放つというも特異の美観ではあるまいか。もし高きに登りて一目にこの大観を占めることができるならこの上もないこと、よしそれができ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・かような宗教経験の特異な事実は、客観的には否定も、肯定もできない。今後の心霊学的研究の謙遜な課題として残しておくよりない。しかし日蓮という一個の性格の伝記的な風貌の特色としては興趣わくが如きものである。 八 身延の隠棲・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫