・・・道理や徳義の此門内に入るを許さざれば也。 蓋し司法権の独立完全ならざる東洋諸国を除くの外は此如き暴横なる裁判、暴横なる宣告は、陸軍部内に非ざるよりは、軍法会議に非ざるよりは、決して見ること得ざる所也。 然り是実に普通法衙の苟も為さざ・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・人のものを盗んで来て自分のものにちゃんと作り直す才能は、そのずるさは、これは私の唯一の特技だ。本当に、このずるさ、いんちきには厭になる。毎日毎日、失敗に失敗を重ねて、あか恥ばかりかいていたら、少しは重厚になるかも知れない。けれども、そのよう・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・これだけの特技があれば世界を胯にかけて食って行けるのだと感心した。これを見ておもしろがる人々はただ妙技に感心するだけではなくて、やはり影絵のもつ特殊の魅惑に心酔するのである。 これらの原始的の影法師と現在の有声映画には数世紀の隔たりがあ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しっぽを支柱にしてあと足で長く立っていられるのもまたその特技であった。この「チビ」は最初の産褥でもろく死んでしまった。その後仙台へ行ってK君を訪問すると、そこにいた子猫がこれと全く生き写しなのでまた驚かされた。 今では「三毛」の孫に当た・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・従って小説戯曲の材料は七分まで、徳義的批判に訴えて取捨選択せられるのであります。恋を描くにローマン主義の場合では途中で、単に顔を合せたばかりで直ぐに恋情が成立ち、このために盲目になったり、跛足になったりして、煩悶懊悩するというようなことにな・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・がそれは徳義上の問題で事実上の問題にはなりません。事実の大局から云えば活力を吾好むところに消費するというこの工夫精神は二六時中休みっこなく働いて、休みっこなく発展しています。元々社会があればこそ義務的の行動を余儀なくされる人間も放り出してお・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・評家は自己の得意なる趣味において専門教師と同等の権力を有するを得べきも、その縄張以外の諸点においては知らぬ、わからぬと云い切るか、または何事をも云わぬが礼であり、徳義である。 これらの条項を机の上に貼り附けるのは、学校の教師が、学校の課・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・どうせ無関係な第三者がひとの艶書のぬすみ読みをするときにこっけいの興味が加わらないはずはないわけであるが、書き手が節操上の徳義を負担しないで済むくろうとのような場合には、この興味が他の厳粛な社会的観念に妨げられるおそれがないだけに、読み手は・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・世の中には徳義的に観察するとずいぶん怪しからぬと思うような職業がありましょう。しかもその怪しからぬと思うような職業を渡世にしている奴は我々よりはよっぽどえらい生活をしているのがあります。しかし一面から云えば怪しからぬにせよ、道徳問題として見・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・モラル・バックボーンという何でもない英語を翻訳すると、徳義的脊髄という新奇でかつ趣のある字面が出来る。余の行為がこの有用な新熟語に価するかどうかは、先生の見識に任せて置くつもりである。(余自身はそれほど新らしい脊髄がなくても、不便宜なしに誰・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫