・・・彼は僕よりも三割がた雄の特性を具えていた。ある粉雪の烈しい夜、僕等はカッフェ・パウリスタの隅のテエブルに坐っていた。その頃のカッフェ・パウリスタは中央にグラノフォンが一台あり、白銅を一つ入れさえすれば音楽の聞かれる設備になっていた。その夜も・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・余り美味くはないけれど、長岡特製の粽だと云って貰ったのだ」「拵えようが違うのか、僕はこういうもの大好きだ。大いに頂戴しよう」「余所のは米の粉を練ってそれを程よく笹に包むのだけれど、是は米を直ぐに笹に包んで蒸すのだから、笹をとるとこん・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・机上に置いて玩味し、黙読し考うるのは、むしろ書物そのものが持つ特性でありましょう。私などどうしても、書物を読んで、それから得た知識でなければ、真に身にならない気がします。一つは雑誌であると、百貨店へ行ったように他へ気が散るからであります。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ たとえば、同じ海にしても、北方の海と、南方の海とは、色彩、感覚、特性等から、その人々に与えつゝある影響に至るまで異るのであります。従って、その地方の子供達が海洋に対する空想、憧憬は、決して同じいものではなかったばかりでなく、これに・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・それと、もうひとつこれもおれの智慧だが、同じ薬に上製と特製の二種類を設けたことが、非常に効果的だった。どうせ、中身はたいして変らぬのだが、特製といえば、なにか治りがはやいように思って、べらぼうに高価いのに、いや、高価いだけに、一層売れた。知・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目の触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想の錨、わが心わが霊及びわが徳性の乳母、導者、衛士たり。 ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・改革の手段に暴力を用いる用いないの点よりも、この人間の特性の貶斥は最も許し難き冒涜である。人間の道徳意識そのものはマルクスによって泥を塗られただけで少しも高められず、退化するのみである。『キリスト教の本質』を書いたフォイエルバッハの人間の共・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・人性の徳性の花の咲き盛らないような、物的福利の理想社会とは理想社会の名に価しないからである。 以上自分は与えられたスペースで、青年の教養に資する視点から、倫理学研究の手引きのようなものを書いた。書くべき多くのものが残された。中世期の神秘・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 月の三十日までには約束のものを届ける。特製何部。並製何部。この印税一割二分。そのうち社預かり第五回配本の分まで三分。こうした報告が社の会計から、すでに私の手もとへ届くようになった。 私も実は、次郎と三郎とに等分に金を分けること・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・るに、舜は下流社會の人、孝によりて遂に帝位を讓られしが、その事蹟たるや、制度、政治、巡狩、祭祀等、苟も人君が治民に關して成すべき一切の事業は殆どすべて舜の事蹟に附加せられ、且人道中最大なる孝道は、舜の特性として傳へらるゝを見る。即ち知る、舜・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
出典:青空文庫