・・・それは時計台で、塔の上に大きな時計があって、その時計のガラスに月の光がさして、その時計が真っ青に見えていました。下には窓があって、一つのガラス窓の中には、それは美しいものばかりがならべてありました。金銀の時計や、指輪や、赤・青・紫、いろいろ・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ そのうちに、階下の八角時計が九時を打った。それから三十分も経ったと思うころ、外から誰やら帰ってきた気勢で、「もう商売してきたの、今夜は早いじゃないか。」と上さんの声がする。 すると、何やらそれに答えながら、猿階子を元気よく上っ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ もう夜の十時十八分であった。「でも、あと二分ですから、見送らせていただきますわ」 時計を見て、言った。発車は十時二十分である。「二分か。この二分の間に、俺は何か言わねばならない」 と、白崎はひそかに呟いた。「――し・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・家内ひっそりと、八角時計の時を刻む音ばかり外は物すごき風狂えり。『時に吉さんはどうしてるだろう』と幸衛門が突然の大きな声に、『わたしも今それを思っていたのよ』とお絹は針の手をやめて叔父の方を見れば叔父も心配らしいまじめな顔つき。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・慶応贔屓で、試合の仲継放送があると、わざわざ隣村の時計屋の前まで、自転車できゝに出かけた。 五月一日の朝のことである。今時分、O市では、中ノ島公園のあの橋をおりて、赤い組合旗と、沢山の労働者が、どん/\集っていることだろうな、と西山は考・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・龍介は落ちつかない気持で待合の入口を何度も行ったり来たりした。時計を何度も見た。それから恵子のくる通りの方へも出かけてみた。汽車がプラットフォームへ入った。恵子は来なかった! 龍介は汽車が出てしまったあと、どうしようか、と思ったが、カフ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 子どもは顔をおかあさんの胸にうずめて、心配で胸の動悸は小時計のようにうちました。「私こわい」 と小さな声で言います。「天に在します神様――お助けください」 とおかあさんはいのりました。 と黒鳥の歌が松の木の間で聞こ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・古い達磨の軸物、銀鍍金の時計の鎖、襟垢の着いた女の半纏、玩具の汽車、蚊帳、ペンキ絵、碁石、鉋、子供の産衣まで、十七銭だ、二十銭だと言って笑いもせずに売り買いするのでした。集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・これ程の大損をさせるプリュウンというものを、好くも見ずに置くのは遺憾だと云って、時計の鎖に下げたのである。またある時はどこかの二等線路を一手に引き受けられる程の数の機関車を所有していた。またある時は、平生活人画以上の面白味は解せないくせに、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫